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    石法如来の特別寄稿

石法如来の特別寄稿

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テーマ: 石法如来の特別寄稿
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仏道修業に関して、自分自身の長所(良い点)と自らを振り返って考えた場合、私は「自省(じせい)」という言葉を思い浮かべます。 それは、決して声を大にして言いたいことでも強調したいことでもなく、そういえ.. » more

以上、十二支縁起の観想法について述べてきましたが、これは仏教の修行体系である三学のうちの、増上心学(定)に該当する修行法です。 だが、三学における増上戒学(戒)、増上心学(定)、増上慧学(慧)は不即.. » more

また、最初期の経典である『スッタニパータ』には、つぎのような縁起の観察法が説かれています。 「「およそ苦しみが生ずるのは、すべて素因に縁って起こるのである」というのが、一つの観察〔法〕である。「しか.. » more

戒とは、習慣・習性・慣行などの意味があるが、心身を調整して悪をやめ善をなさしめる宗教的同時的な行為の規範や生活の規定のことです。 定とは心を統一し、安定させることで、音写して「三昧」(さんまい).. » more

仏教でいう智慧とは「般若」ともいい、「個々の現象を分析して判断する識から出発して、これを越え存在の全てを全体的に把握するようになる」ことであり最初期の経典には、「明らかな智慧によって四つの尊い真理を見.. » more

第三章 十二支縁起の実践行 第一節 十二支縁起と中道   先ず、釈尊が目指した仏教の実践修行には、一体そのような意義があるのでしょうか。経典では、人間には「聖なる求め」と「聖ならざる求め」がある.. » more

何より経典に、「かの愚癡無聞の凡夫は、識において厭いを生じ欲を離れ、背捨(そむきすつ・滅尽定にいたる八種の解脱)することを能わず(あたわず・出来ない)」とあるように、十二支縁起説における無明や行は、十.. » more

愛(あい・渇愛)の滅によって解脱が成就されるなら、十二支縁起説において無明を登場させる必要は無いはずといえます。その様な意味で、両説には明らかな矛盾が存在しています。この矛盾に対する解答を、経典から見.. » more

第二節 他支縁起の考察   原始仏教経典における縁起説は、十二支縁起とともに三支・四支ないし九支・十支等の他の縁起支も数多く説かれ、その成立について様々に論議されています。 成立の順序について、.. » more

6 触(しょく)-触とは、六触身(眼触身・耳触身・鼻触身・舌触身・身触身・意触身)を言い、愚癡にして無聞の凡夫は、この六つの接触の入るところに触れることにより苦楽受を知り、種々の原因を生起すると説きま.. » more

このように縁起とは、前述したように苦の生起(順観)と滅尽(逆観)という表裏一体の二方向を包含する法そのものであり、それと理論としての一切法(五蘊・十二処・十八界)が密接に融合して、仏教の法体系を作り上.. » more

「法」(ダルマ)とは、「たもつもの」特に「人間の行為をたもつもの」を原意とするが、この現象の世界を「たもつもの」が、この因と縁ということになります。   しかし、この因は原因そのものであるから当然.. » more

 
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