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生きるということ

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テーマ「生きるということ」の記事を新着順に表示しています。(1ページ目)

再生への旅 もの思う手
 もの思う手 行き処なきものの如くに曼殊沙華玉宗もの思う秋だという。人間であるからにはものを思わねばならないといったような義理が秋にある訳でもなかろうが、秋になると自ずからもの思いに耽るひとときが多いということは解る。春の息吹も、 ... » more
テーマ 生きるということ 世相・時事 俳句の風景

再生への旅永代供養塔のことなど
永代供養塔のことなど 冬瓜のごろりと二十一世紀玉宗能登半島地震被災以前から少子高齢過疎化の波が押し寄せているわが町、門前。現代日本の宗教意識や家意識の変化に伴い、先祖への寄り添い方もまた様々な形態が生み出れている。檀家さんの中にも、お墓や家を ... » more
テーマ 生きるということ 俳句の可能性 お寺の風景

再生への旅俳句の新しみとは?!
俳句の新しみとは?! この頃の日の衰えや草の花玉宗俳句の神髄、醍醐味とは「新しみ」だと言った俳人がいる。「新しみ」とは何だろう。あたらしみ、それは芭蕉が目指した「かるみ」や「不易流行」の本質に通うものなのだろうか。山本健吉氏は「かるみ ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 私の風景

再生への旅自問自答の人生。
自問自答の人生。 謎解けぬままに老いたる木の実かな玉宗人を変え、人を育てるもの。それは出会いであろう。生老病死、四苦八苦、吉凶禍福、毀誉褒貶等々、様々な出会いがあって、選ぶことができず、選ぶ必要もなく、全てがわたしの学びの糧、全てが私 ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 禅のことば

能登の残暑って、どうよ?! 米粒の泣いて喜ぶ九月かな玉宗九月になった。残暑も収まりつつあるのが全国的なところなのだろうが、能登の残暑は例年、中旬に控えている大本山總持寺祖院の御征諱法要に随喜する頃になっても、居残っている場合が多い。勢い夏の衣のまま ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 私の風景

己未だ渡らざる先に他を渡すって、どうよ?! あの雲に乗り遅れたる秋思とも玉宗曹洞宗の経典である修証義、つまり道元禅師のお諭の言葉を抜粋したものである。その中の第四章(発願利生)の冒頭にもある自未得度先度他(じみとくど せんどた)という思量とは如何なるものか。 ... » more
テーマ 生きるということ 俳句の可能性 禅のことば

再生への旅続・わが仏道
続・わが仏道 よく眠る里に響くや鳥威し玉宗さて、そこで自問させられるのは、宗教とは何か?といったこと。今更と言われるかもしれんが、いつのころからか「宗教」と言葉にしただけで、異様な、異次元の、面妖なる鰯の頭の世界だろうみたいなことにあいな ... » more
テーマ 生きるということ 世相・時事 お寺の風景

再生への旅わが仏道
わが仏道 栗の実のまだやはらかき青さなる玉宗宗教とは何か?それは畢竟、自己の命への寄り添いであろう。仏道とは、それを生涯をかけて学ぶ道程にほかならない。自己の本来の命の輝きを受け入れ、寄り添う事ができなくて、どうして他者に ... » more
テーマ 生きるということ 私の風景 禅のことば

辻村麻乃第二句集『るん』 辻村麻乃の世界 秋といふさやかなものが隣りして玉宗鰯雲何も赦されてはをらぬ麻乃辻村麻乃第二句集『るん』俳句アトラス刊行を拝読して感じたことを書こう。氏とは面識はないが、FB上でのやり取りを近年続けている。以前から感じていたことを ... » more
テーマ 生きるということ 俳句の可能性 俳句の風景

馬の耳に念仏、ってどうよ?! 白雲の行方も知れぬ涼しさよ玉宗一般的に「馬の耳に念仏」と言えば、聞こうとしない人にいくら注意してもなんの効き目もないことといった意味合いに取られている。聞く耳を持たない人間。聞きわけが出来ない人間。有難い念仏も説教も「聞 ... » more
テーマ 生きるということ 世相・時事 私の風景

再生への旅「越える」とは?!
「越える」とは?! 向日葵の焦がれて已まぬ丘があり玉宗私はよく「越える」という言葉を使う。例えば「生死を越える」「煩悩を越える」「自他を越える」といったような塩梅で、われながら分かったような物言いをするのであるが、さて「越える」とは ... » more
テーマ 生きるということ 俳句の風景 禅のことば

再生への旅五匹の猫
五匹の猫 猫の子の一目散やすぐ止まり玉宗大暑も過ぎて、暑さの峠を幾分かは越えた気がしないでもないが、日中はどうも外に出る気がしない日が続いている。さて、私は猫を嫌いではないが、何が何でも好きということもない。ときどきわがもの顔 ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 私の風景

再生への旅暑中お見舞い申し上げます
暑中お見舞い申し上げます 風にやや遅れゆらめく花蓮玉宗暑中お見舞い申し上げます。今年も夏の暑さの中で、先祖への思いを致す時季となりました。株分けした御誕生寺様から戴いた鉢植えの蓮もどうにか一輪花を咲かせそうです。よく言われることですが ... » more
テーマ 生きるということ 俳句の風景 お寺の風景

再生への旅裸のお坊様?!
裸のお坊様?! 緑陰に仏の遊びしてゐたる玉宗一休禅師の逸話に金襴のお袈裟に惑わされる民衆の愚を諭されているものがあった。お袈裟の色に迷わされるのはいつの時代も同じなのかもしれない。見栄えよき有難いものを求めたがる一般の心理がだれにでもあ ... » more
テーマ 生きるということ 私の風景 禅のことば

再生への旅俳句という生き方雑感
俳句という生き方雑感 さみだれてゐるほかはなしけふもまた玉宗本物の俳句とは何か。俳句を作る、表現することによって、自分自身が癒される。形になると、自分の器、姿というものが見えてきて面白い。こだわりを捨てること。やっぱり生き ... » more
テーマ 生きるということ 俳句の可能性 禅のことば

再生への旅絶望という名の執着・再考
絶望という名の執着・再考 雨に伏す草のおもひや半夏生玉宗NHK朝ドラ「半分青い」を時々見ることがある。昨日は漫画家をあきらめた主人公が、祖父に電話をするという場面。中村雅俊演じる祖父の一言が結構ジンと来た。それは敗戦の折に戦地に取り残され洞窟 ... » more
テーマ 生きるということ 私の風景 禅のことば

再生への旅自己への信仰
自己への信仰 死にたれば鉦や太鼓や雲の峰玉宗自己の拠るべきところとは自己であるとは、だれもが口にも耳にもするところ。キリストも釈迦も孔子も、猫も杓子も、山河大地もその生涯は自己愛の表現であっただろう。問題はその「自己」の正体で ... » more
テーマ 生きるということ 世相・時事 私の風景

再生への旅思い出は美しい?!
思い出は美しい?! 昨日より今日とあかるき杜鵑花かな玉宗嘗て批評の神様と呼ばれた小林秀雄が『無常ということ』の中で以下のような事を述べている。歴史の新しい解釈という思想は、魅力ある手管めいたものを備えているので、逃れるのが難 ... » more
テーマ 生きるということ 世相・時事 私の風景

再生への旅杞憂の空の下で
杞憂の空の下で 田の隅に一塊の余り苗玉宗日々垂れ流しされている情報に接している管見から覗く現代日本社会の様子といったものから、否が応でも考えが及ばないではいられない昨今。政治とはなんであるか。国家とは何であるか。社会とは何であるか。 ... » more
テーマ 生きるということ 世相・時事 私の風景

再生への旅お上りさんの憂鬱?!
お上りさんの憂鬱?! 故郷を出でよと茅花流しかな玉宗先日、夫人と一緒に金沢へ出掛け、彼女も習っている皇風煎茶の席に連なってきた。夫人の要望で、尾山神社での会場だけでは足りず、本多町にある別の会場にまで足を運ぶことになった。どちらも作法は同じ。 ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 私の風景

気持ちよく生き、気持ちよく死ぬ?! ひらひらと風に踊るや罌粟の花「気持ちよく死ぬ為には気持ちよく生きるしかありません」というようなお偉い方の御諭しをきいたlことがある。「気持ちよく生きる」とはどういうことか?自分が気持ち良ければそれでいいのか?結論 ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 私の風景

リスペクト、ってどうよ?! 死にたれば鉦や太鼓や雲の峰玉宗横文字が氾濫する日本社会ではあるが、最近、若い人の間にあってもよく耳にする言葉の一つに「リスペクト」がある。 英語では「respect」。 動詞では「(人や性質などを)尊敬する」「重んずる」、名 ... » more
テーマ 生きるということ 私の風景 禅のことば

再生への旅仏道といふ受け身
仏道といふ受け身 薔薇といふ不埒なものを胸に抱き玉宗身と心とは一如であるという宗門の前提がある。人生山河の流れに翻弄される如き命。傷だらけの人生というセリフがあったが、わが身は痣やら打撲やら内出血やら瘡蓋だらけなのかもしれないと思った ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 私の風景

再生への旅空なる存在
空なる存在 アカシアの花に別れてこの方の玉宗「終わりよければすべてよし」と古人が言うように、人生の価値はその帰結点において最終的に決定されるように思われている。然し、この警句の真意は、人生の時々において人間が間違いや失敗などを為すこ ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 私の風景

今日の木偶の坊「宮沢賢治という生き方」 蝮草まだ毒もたぬさみどりの玉宗「雨ニモマケズ」雨にも負けず風にも負けず雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫なからだをもち慾はなく決して怒らずいつも静かに笑っている一日に玄米四合と味噌と少し ... » more
テーマ 生きるということ 世相・時事 俳句の可能性

再生への旅曲り真っすぐ?!
曲り真っすぐ?! 蒲公英の横に坐れば見ゆるもの玉宗なんだかんだと四月も下旬。總持寺祖院僧堂にも新到さんが上山して来ているようだ。又、見慣れた古参の雲水さんが修行の年季を済ませ、その姿が見えなくなったことに気づく。初々しい修行者たち。私にもあの ... » more
テーマ 生きるということ 私の風景 禅のことば

私が消しゴムになればいい?! 愛されずして一人静かに花となり玉宗「私が消しゴムになればいい」これはある瞑想家の言葉である。苦悩の根本原因とは「わたし」という線引きをするからだろう。その線引きを消しさることが瞑想の力でもあるという。マインドフルネス ... » more
テーマ 生きるということ 私の風景 禅のことば

再生への旅公益性って、どうよ?!
公益性って、どうよ?! 春の暮遠くのものがよく見えて玉宗昨今、「公益性」という言葉をよく耳にする。「俳人協会」も数年前に「公益法人」になったのではなかったかな。「伝統俳句協会「現代俳句協会」はどうなんだろう。「相撲協会」もまた「公益法人」ら ... » more
テーマ 生きるということ 私の風景 禅のことば

なんにもならない修行だからいい 山寺や鐘の音にも逝く春の玉宗嘗て、「近頃の坐禅は色付きや味付きばかりだ。我々は無色透明の坐禅をしなければならない。」と諭された宗門の老師がいた。ここにある「坐禅」を「修行」とか「教化」といった言葉に入れ替えてみたくな ... » more
テーマ 生きるということ 私の風景 禅のことば

再生への旅山高く、海深く
山高く、海深く 咲き満ちて花の翳りといふものを玉宗「山高く海深く頂きを露わさず底見えず」總持寺ご開山瑩山禅師撰述「坐禅用心記」にあるお言葉。落ち着きあり思慮深い人は、高い山のようであり深い海のように、高潔でありながら、慈 ... » more
テーマ 生きるということ 私の風景 禅のことば

 

最終更新日: 2018/09/24 09:26

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