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テーマ「卑弥呼」の記事を新着順に表示しています。(2ページ目)

倭人伝に又特に汝に・・・・・銅鏡百枚・・・・・を賜い、皆装封して難升米・牛利に付す。「百枚の銅鏡が下賜されてのであるから、かなり多くの鏡の出土がなければならない。一枚、二枚の出土では卑弥呼がもらった鏡とは断定する ... » more

また、倭人伝に舞い戻ります・・・中国の天子からの下賜品について・・・・・絹・・・・・倭人伝には、中国の天子から卑弥呼へ下賜された絹や錦、卑弥呼や壱与から中国の天子へ献上した錦の記載。錦も絹を素材としています。つま ... » more
テーマ 卑弥呼  コメント(2)

ハナサンピン卑弥呼ー29 女王の城
魏使の見たもの「宮室・楼観・城柵、厳かに設け、常に人有り、兵を持して守衛す。」そして、魏使は壮大な城郭へと、楼観を見上げながら柵門(城柵)をくぐり抜け、宮室へと導かれ、女王と面接し、詔書・印綬・下賜品を与えたのである。 ... » more
テーマ 卑弥呼

ハナサンピン卑弥呼ー28 玄関口
魏の遣使は大量の下賜品を持って、参勤交代ならず、行列をなして卑弥呼の所まできました。そうです、卑弥呼が都していたところの玄関口、不弥国へ到着したのです。そこは博多湾岸、港湾都市不弥国だったのです。魏の遣使は現在のソウ ... » more
テーマ 卑弥呼

道草ばかりして、すみません、・・私は、いつでも、いや、子供のころから道草が、だい好きでした。しかし、今はそうノンビリもしていられません。さて、ここから、卑弥呼の都していたところの探求に、入って行こうとおもいます。倭人 ... » more
テーマ 卑弥呼  コメント(1)

前ページで【「景初二年」も、やはり原文がただしかったのです。】 『 景初二年(魏と呉の戦争の最中)卑弥呼の貢献使は戦火をくぐって、洛陽に行った!!!。』本当に卑弥呼の遣使は明帝の居した都に、お出迎えの吏とともに朝貢したの ... » more
テーマ 卑弥呼

前ページでは、景初三年は誤りであるということがはっきりしました。景初三年正月、明帝の急死に遭遇した卑弥呼の使難升米たちは,驚いて空手で、本国へ帰還したとおもわれます。その後一年間は魏朝の服喪。諸公事、諸儀典の中断 ... » more
テーマ 卑弥呼

ハナサンピン卑弥呼ー24 女王国
前5,6ページでは少し道草をしすぎたようです。時代も先へと進みすぎたようです。さてここからは、女王国(卑弥呼)が都していた所の探求に入ろうと思っています。お付き合いのほどよろしくおねがいいたします。ちょっとその前 ... » more
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ハナサンピン卑弥呼ー23 道草 六
前ページ,前々ページで絶唱雷山(古田氏は「雷山の絶唱」と、題していた。)の二つの歌を紹介さしてもらいました。古田氏によって、甦った二つの歌、再びこの世に光輝く・・・いのち・・・の胎動をし始めた,この二つの歌。古田氏によれ ... » more
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ハナサンピン卑弥呼ー22 道草 五
「四」の続きです。現代人にとっては、「台風や津波」の予兆としか聞こえず、そのとどろきは、単なる物理現象なのです。しかし、古代人たる人麻呂にとっては、そうではなかった。それは、他でもない死者の声。死者がが生あるわれわれ ... » more
テーマ 卑弥呼

ハナサンピン卑弥呼ー21 道草 四
私の目の鱗(うろこ)がさらりと、とれた人麻呂の秀歌、雷山の絶唱、の中の“海鳴りの歌”です。≪大君は神にし座せば真木の立つ荒山中に海を成すかも≫原文皇者神二之座者真木之立荒山中二海成可聞【上の原文の ... » more
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ハナサンピン卑弥呼ー20 道草 三
Gさらに、進一歩しよう。二ニギノミコトたちは、九州王朝の始祖や歴代だ。その歴代の“善き導き”のもと、民の「いほり」は安定し、生活を楽しんできた。それなのに今は、うって変わった。 だれの目にも明らかなように、倭国「 ... » more
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ハナサンピン卑弥呼ー19 道草 二
Cこの筑紫の雷山を以って、人麻呂の歌の真の「作歌場所」としてみた場合この歌はどのような意味となるのか。 ≪その一≫「すめろぎは神にしませば」この雷山の上宮の際神である神々、すなわち二ニギノミコトや「天神七社」「地神五社」 ... » more
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ハナサンピン卑弥呼ー18 道草
前ページでは古田氏によって陳寿の歴史観の深奥なる真髄を目の当たりに見させていただきました。未熟な私ででしたが、「会稽東治」の一文に、長い壮大な歴史を有する古代中国そのものが、ずっしりと込められていようとは。・・・・古 ... » more
テーマ 卑弥呼

前ページの続きです、夏の政治上の統治・感化が直接倭人におよんでいた.中国の歴代の王朝は、東夷(特に倭国)が、礼節を守る、二心ない忠誠心ある国として、厚遇し、特別な関係のなか文化史的交渉相手国として扱ってきた。、、、、 ... » more
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ハナサンピン卑弥呼ー16 邪馬壹国
「三国志」の中には「邪馬臺国」はなかったのです。もちろん日本の歴史学上江戸時代中期より現在に至るまで大手を振って闊歩して定説道を歩んできた「耶馬堆」・「邪馬台国」の道もようやくここで途絶しなければならない時がきたのです。 ... » more
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著述対象は「後漢書」のほうが先だが、執筆時期は陳寿「三国志」よりおそいのである。かって、「史記」・「漢書」と現れたのち、陳寿は(同時代史)としての「三国志」を書いた。自分の少・青年時代に見聞きしてきた世の動きを陳寿は筆に ... » more
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三国志の中では女王国は「邪馬壹国」と書かれており、決して「邪馬臺国」とは書かれてはいなかった。ということが古田氏によって、確かに証明されました。更に古田氏はいっています。ですが、歴史上「邪馬臺国」と書いた人がいた、と ... » more
テーマ 卑弥呼  コメント(2)

古田氏は「壹」と「臺」の探求から、始めたようです。【「壹」は「臺」のあやまり】とか、【「壹」は「臺」の誤】と、いとも簡単に論証もなしに「あやまり」という言葉で、かたずけられているから。氏は、「壹」と「臺」の完全調査、紹煕 ... » more
テーマ 卑弥呼  コメント(1)

「ヤマト」と訓みたいから、「邪馬壹国」を「邪馬臺国」と書き換える、原文(三国志、古写本)にある「壹」を現代の我々が勝手に書き換えて「臺」、こんな事がまかり通っていいのでしょうか?こんな勝手が許されるから、日本列島沖縄から青森 ... » more
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ハナサンピン卑弥呼ー11 ヤマト?
更に古田氏は、、、いわゆる、近畿説と九州説の対立は根本において近畿「大和やまと」と筑後「山門やまと」との争いである。どちらも「”ヤマト”はここだ!!」と主張しているにのである。だから、どちらから(九州説から見ても近畿説か ... » more
テーマ 卑弥呼

・・・・・南、邪馬壹国に至る。女王の都するところ・・・・・魏志倭人伝中、この国名(邪馬壹国)が書かれているのはこの文面一箇所だけである。そこには「邪馬壹国」とかいてある。それなのになぜ、一般に「邪馬臺国」として通用させてしまった ... » more

前日までは九州と奈良(近畿)に少なくとも二つの王朝らしきものがあっただろうことを古田武彦氏の説にのっとり書いてきました。ここからは古田武彦氏の説かれる急所の急所、心臓部のところを、、、著書【(邪馬台国)はなかった】を紹介しな ... » more
テーマ 卑弥呼

昨日(卑弥呼ー6)の【旧唐書】のなかで、或いは曰う、或いは曰う、、、と同じ文章のなかで二回も「或いは曰う」を繰り返しています。ここで日本書紀をみてみよう、一回目の「或いは曰う」は継体天皇記の中で、天皇崩御を伝えた後、。・・・ ... » more
テーマ 卑弥呼  コメント(1)

【倭国】と呼ばれている国の名、、、、中国の歴史書に書かれている国の名前なのです。「三国志・魏志倭人伝」、「後漢書・倭伝)、「宋書・倭国伝」「随書・俀(タイ)国伝」、「旧唐書・倭国伝」、と一、二世紀を扱った後漢書 ... » more
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ハナサンピン卑弥呼ー6
旧唐書(唐の歴史を記伝体で記された歴史書、945年成立)によれば、日本列島内に二つの王朝がある、と書かれているのです一つは『倭国伝』の中に、も一つは『日本伝』の中にそれぞれ別の国として扱っているのです。その『日本伝』の中に ... » more
テーマ 卑弥呼  コメント(1)

ハナサンピン卑弥呼ー5
神功皇后記についていろいろと述べてきましたけれども、そこから浮かび上がってくるのが卑弥呼と神功皇后とをなんとなく結びつけようとしていることと、日本書紀編纂者は天孫を降臨までさせて神世から続いてきた王朝であるとアピールしている ... » more
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ハナサンピン卑弥呼ー4
神功皇后記には、『魏志にいう』という項目が3個載っている1−魏志倭人伝によると、明帝の景初三年六月に、倭の女王は大夫難斗米らを遣わして帯方郡に至り、、、、、2−魏志にいう。正始元年、建忠校尉梯携らを遣わして詔書や印綬をもたせ ... » more
テーマ 卑弥呼

ハナサンピン卑弥呼ー3
神功皇后記で一番不思議に思えるのは皇后イコール卑弥呼のニュアンスを含ませいろいろな神を使って日本書紀天皇家朝廷側に卑弥呼の存在を匂わせているところです(でも卑弥呼という名の人物登場していません)。本当にいないのでしょうか ... » more

ハナサンピン卑弥呼 -2
神功」皇后は自分の亭主である仲哀天皇をアシスタントパートナーである竹内宿禰一緒になって神のお告げとして殺してしまい、また韓半島にまで(三韓征伐)出かけて金銀財宝を持ち帰ったりしかも征伐に出かける前に子供の産み月を遅らせる為に自分の股 ... » more
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最終更新日: 2016/11/23 14:25

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