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武田信玄

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テーマ「武田信玄」の記事を新着順に表示しています。(3ページ目)

雪隠を山と名付る事 『甲陽軍鑑』巻第十二・品第三十三に表題の様な見出しがあります。この章は信玄公の嫡子・義信公の逆心が主でありますが、表題はその事によって生じた信玄公の用心の模様が記されています。信玄公、御用心の御ためやらん、御閑所を京間六 ... » more
テーマ 雑記 武田信玄

信玄公御屋形図―その2― 信玄公が常日頃暮らしていた屋形。「常御座所」。これは先日ふと訪れた武田神社境内に掲示されている、武田氏館の配置図です。普段は何気なく見過ごしていましたが、ここに信玄公の住まいの情報があります。そこに記された常御座所。 ... » more
テーマ 雑記 武田信玄 真田太平記

信玄公御屋形図 武田信玄公の住まいについて。池波正太郎氏の小説『真田太平記』では、「御くつろげ所」や「看経の間」という部屋が出てきました。その内部については随分と詳細な間取りが記されていますが、池波氏はこの部屋をどの様に描き出したのか?小説家の想像 ... » more

歴史散策―真実を求めて―看経の間
看経の間 車中でbyfm78を聞いていまして、話題は車の運転マナーについて。無理・無謀な運転は大変危険ですね。自分だけなら自業自得ですが、他人へも危険を与えてしまいますからね。千葉県と言えば房総ですが、字を変えれば「暴走」ですね。そうなんです、千 ... » more

武田信玄公の住まい 武田信玄公のことについて色々と学んでいますが、最近小説家の方から教えられることがありました。本というものは間接的にその作者の知識を提供してくれる媒体です。ですから本を手にするということはその時点で学ぶということですね。最近分かりまし ... » more
テーマ 雑記 武田信玄

日本史の「列伝」01 父チャンを超えたい症候群 親があまりに偉大、言葉を変えればスーパースター的存在である場合、その子供は結構難儀な立場に置かれるものです。〜周りの連中はいつも親父と俺を「見比べ」ている〜こうした雰囲気はなんとなく本人(子)にも伝わってくるから鬱陶しい。 ... » more
テーマ 戦国時代 武田信玄 武田勝頼  コメント(2)

第47回衆議院議員総選挙の結果 その2 〜近畿地区の衆議院選挙の結果 反日ハンター・神功正毅です。一昨日、12月14日に第47回衆議院議員総選挙が行われました。第47回衆議院議員総選挙の結果その1〜「安倍、平沼、桜井、ジャッジメントですの」by日本国民で書いたとおり、近畿地区の衆議院選挙の結果の総 ... » more
テーマ 第47回衆議院議員総選挙 近畿地区 武田信玄

新田次郎氏の作品で、『小説に書けなかった自伝』があります。新田氏の作家人生を振り返り記した物のようであります。その中で新田氏は次の事を記しています。私は、この人ならと思う人にはどこまでも従(つ)いていけるが、ひとたび嫌な奴だ ... » more

武田家家臣から見た名馬について 「甲斐の黒駒」展では、武田家家臣達がどの様な馬を好んでいたのか?、その辺りを『武具要説』という資料を用いて紹介しています。この『武具要説』という書について調べてみると、題箋の書名となっています。題箋(だいせん)とは、和装本などで、書名を ... » more
テーマ 雑記 武田信玄

小説 『武田勝頼』 を読み終えて 昭和50年代に執筆された小説を今になって読み終えました。読んでみると武田氏に対する考え方がまた新たな道に進むようです。著者の新田次郎氏は、長野県諏訪の出身で、先祖は諏訪家に仕える郷士であったそうです。新田氏が幼少の頃、祖父より多くの ... » more
テーマ 雑記 武田信玄 武田勝頼

武田軍の馬について 武田氏館から発掘された馬の全身骨格が復元されています。この馬は武田氏館の西曲輪南側の枡形虎口の馬出空間より発見されています。虎口なので、現代で言えば敷地内への出入り口に相当します。武田氏館(躑躅ケ崎館)は武田氏時代の天正 ... » more
テーマ 雑記 武田信玄

武田軍の騎馬はポニー? 武田家には秘蔵の馬が居ました。その名は「鬼鹿毛」。その大きさは四尺八分八寸=約148cm。この大きさの基準は体高といって、足の先から肩(首の付け根)までの長さで示されています。ポニーの定義はというと、この体高が147cm以下の馬をポ ... » more

歴史散策―真実を求めて―武田信玄と馬
武田信玄と馬 武田軍の総帥、信玄公の馬との関わりは、『甲陽軍鑑』に記されています。当時、武田家の当主は、信玄の父、武田信虎でした。信虎の愛馬は、「鬼鹿毛」と呼ばれていた秘蔵の名馬でした。記録によると、四尺八寸八分=約148cm。当時勝 ... » more
テーマ 雑記 武田信玄

歴史散策―真実を求めて―甲斐の黒駒
甲斐の黒駒 先日の金曜日、台風通過により、天気予報は大幅に変わり晴天に恵まれました。平日の休みなので、山梨へ向かいました。温泉に浸かったあと、山梨県立博物館に行きました。紅葉が始まっています。博物館の敷地内の広葉樹も色が鮮やかになっていました。 ... » more
テーマ 雑記 武田信玄

歴史散策―真実を求めて―滅亡の狼煙
天文十一年(1542)、いよいよ武田軍の諏訪侵攻が開始されようとしています。戦国時代というのは、戦いでありますがそれは何も全てが戦闘ではありませんでした。戦いは最後の決め手とも言えて、実際には戦う前から勝敗はある程度見えていました。 ... » more

日本史の「油断」01 信玄公の”完勝”否定論 「腹八分目に医者いらず」という言葉がある通り、健康面を考えるなら満腹を避け八分目くらいで留めておく方が良いのは確かでしょう。つまり「一時の食欲」を”完璧”に満たしてしまうことは、長期的な目で見れば、なにかとマイナスになると言 ... » more
テーマ 本土決戦 日本海海戦 武田信玄

歴史散策―真実を求めて―味醤の味
武田晴信と湖衣姫の初対面の場が訪れました。今回の対面は、晴信への見舞という形で執り行われました。その席に諏訪湖産の大田螺(たにし)と味醤で味付けした汁が出されました。湖衣姫の姿を見た晴信の印象は次のように記されています。晴信の湖 ... » more

日々世間の中に身を置いていると、弱きになることが有ります。武田信玄公も人間である以上、ちょっと弱気になっている時があったようです。信玄公と自身では立場が全く違います。信玄公には何時も国(甲斐の国とその他の領地)の行く末がのしかか ... » more
テーマ 雑記 武田信玄

歴史散策―真実を求めて―二人の武将
新田次郎氏の歴史エッセイの作品に、『二人の武将』があります。その作品の中に武田信玄関連のものが5編あります。二人の武将・武田信玄の孫・天、味方せず馬場信春・武田勝頼は凡将ではなかった・信濃の女新田氏の作品、『武田信玄』がどの ... » more

歴史散策―真実を求めて―湖衣姫
湖衣姫 信虎追放後、甲信国境での戦を、新田氏は長坂の戦と命名しています。この戦いは、『甲陽軍鑑』に記された瀬沢の戦をモデルにしているものと思われます。戦い後、本陣の床几に腰掛けていた晴信の下に、板垣信方がお館様―、と声をかけ、引き合わせたい ... » more

歴史散策―真実を求めて―手扇
タイトルの手扇とは、愛妾に渡した手扇です。小説『武田信玄』において、武田晴信の初恋の女性、「おここ」に渡した扇です。その扇には風林火山の四文字が書かれていました。その文字は、おここに頼まれて晴信が書いたものでした。その手扇が ... » more

奈良井宿へ―2― 翌日目が覚め廊下の窓を見ると、太陽の日差しが降り注いでいました。窓を開けるとひんやりとした空気が覆ていました。7時前に宿の前に出てみると晴天の下の奈良井の宿場がそこにありました。誰もいない精悍な街道です。朝食時宿の方 ... » more

歴史散策―真実を求めて―雨情無情
小説『武田信玄』の最初の見せ場です。世代交代の時が来ました。通説によれば、武田信虎は甲斐国主の座を失いました。その経緯の確たる証拠はありません。後世に残された史料等から事実だけは確認できます。それぞれの史料には追放に至る断片的な ... » more

―陣中の恋歌― 隣国駿河今川家の所に、甲斐武田の父子からそれぞれの手紙が届いていました。共にそれぞれの父や子を今川家で預かって頂きたい―、という内容でした。今川家の当主、義元が手紙を見ながら思案していると、山本勘助が戻ったとの知らせがありました ... » more

―青梅の舞― 小説に次のような一文があります。晴信は笛吹川の上流へ向かって馬を馳せていった。その野駆けの途中で、一人の青年に出会います。出会うと言っても、晴信主従の前を素通りしていくのです。その馬術にはっとした晴信は、側近の石和甚三郎に追 ... » more

―早春孤影― 武田信玄を題材にした小説として著名な、『武田信玄』。作者は新田次郎氏です。自身がもっている小説は、古書店で購入したものです。第30刷で1987年10月1日に刊行された物です。ですからこの本は、昭和62年刊行、翌年には大河ドラマ「 ... » more
テーマ 雑記 武田信玄

日本史の「デジャヴ」09 怪しき肖像画は続く たとえば、聖徳太子・源頼朝・足利尊氏・武田信玄・西郷隆盛など・・・こうした歴史上の人物の「風貌」を、おそらく多くの人は下のような肖像画でイメージするのではないでしょうか?ところが、これらが「本当に本人の肖像か?」と突っ込まれ ... » more

『甲陽軍鑑』をざっとですが一通り読み終えまして、再度読み直しています。難しい言葉や自身が読めない漢字を辞書等で調べ、教養を深めています。初めて目を通しました。武田信玄公の弟、武田典厩信繁が子息、武田信豊(『軍鑑』内では長老となってい ... » more

武田信玄と歴史―他人を評価する― 現代語訳ですが、『甲陽軍鑑』を読み終えました。この書物は信憑性の面で色々と言われていますが、この書自体の価値は歴史を伝えるというものではないですね。世間に広まったのが江戸時代初期、徳川政権下なので、家康の記述には気を使っているよ ... » more

武田信玄公の命日―2― 本日5月10日は、旧暦の4月12日にあたります。信玄公は大永元年(1521)11月3日に誕生したとされています。亡くなられたのは、天正元年(1573)4月12日と伝えられています。今年で、441年が過ぎました。信玄公が生きた時代は数 ... » more

 

最終更新日: 2018/04/09 07:35

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