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武田信玄

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テーマ「武田信玄」の記事を新着順に表示しています。(1ページ目)

信州上田原合戦之事―『甲陽軍鑑』より6― 上田原の戦いを『甲陽軍鑑』より見てきた。古戦場に残る史跡・伝承、また他の史料を合わせて見てきたが、ここでは、『甲陽軍鑑』だけを用いて、戦いの細部を表してみる。軍勢の数。村上軍―七千人武田軍―総兵力の記述無し。(板垣組衆合 ... » more
テーマ 雑記 武田信玄

信州上田原合戦之事ー『甲陽軍鑑』より5− 晴信公の御旗本は、三町ばかりしさる。され共脇備後備の馬場民部・内藤修理、横筋かひに入立、旗本と合戦する村上旗本衆追ちらして討。其間に、諸角・真田・浅利此三頭は、義清負てのくべき跡を取切、敵を討。又原加賀守は、御旗本五六町跡に、三百許の ... » more
テーマ 雑記 武田信玄

朝の散歩―九十九里浜青空読書偏2― 六月も最後の週を迎えた。梅雨ではあるが空は別物の様である。夏の空が一面を覆っている。週間予報は、連日の晴れマークであったが、実際はどんより雲に強風。自然とはこういうものである。昔の人はこの自然気候と肌を寄せ合って生きていた。この感覚 ... » more
テーマ 雑記 武田信玄

信州上田原合戦之事―『甲陽軍鑑』より4− 板垣隊の敗戦(二の合戦)により、武田・村上軍が総攻めの状況に入る。『甲陽軍鑑』の記述が前後してしまうが、後半部分には次のような記述がある。就中此合戦、五度なりと申は、板垣初合戦に勝一度、村上方二の合戦に勝二度、飯富兵部三の合 ... » more
テーマ 雑記 武田信玄

朝の散歩―九十九里浜青空読書偏― 一年で一番不快な季節に入ってしまった。これは小生のこと。それでもこの時期に栄える生命もある。先日、昭和の中ごろに活動した一人の冒険家の人生を知った。自身ももう少し自然に対して冒険してみようと考えた。 自身で自身の今後を判 ... » more
テーマ 雑記 武田信玄

信州上田原合戦之事ー『甲陽軍鑑』より3− 然れば、板垣くみ合て、七備の衆の中に、栗原左衛門まつさきに懸て競て来る村上衆ををし返し、一戦はじむる。六頭何も懸て一戦する処へ、跡より晴信公をしよせ給ふ。其さきに飯富兵部、小山田備中、石田の小山田、御舎弟典厩此侍大将衆いさみ懸て、板垣組 ... » more
テーマ 雑記 武田信玄

信州上田原合戦之事ー『甲陽軍鑑』より2− さて信州上田原へ出、八月廿四日辰の刻に、甲州方より合戦を始むる。武田の御さき、板垣信形なり。真田弾正、是非共御さきをと申上候へ共、晴信公御右の脇備に仰付らるる。子細は、真田智略故、村上被官をあまた殺されて口惜しく存じ、合戦の勝負にも ... » more
テーマ 雑記 武田信玄

信州上田原合戦之事ー『甲陽軍鑑』よりー 上田原の戦いを『甲陽軍鑑』の記述から思考してみる。(浦野川から神畑武田軍陣地を眺める)『甲陽軍鑑』(品第廿七)天文十六年八月二日、辰の刻に、晴信公甲府を御立あり、同月六日に信州さく郡しがの城へ取つめ、同十一日に彼城を ... » more
テーマ 雑記 武田信玄

八子ヶ峰と信玄棒道 小生の遅い黄金週が来た。とりあえず、宿だけ確保して週間予報を眺めていたが、予定日が近づくにつれて、予報がいい方向に変わってくれた。本命は残念になったが、別の意味で自然の神様が恩恵を与えてくれたと、小生は簡単にいいように捉えてしまうほど単 ... » more
テーマ 雑記 武田信玄

上田原の戦いー古戦場に残る伝承地・史跡ー 上田原古戦場に伝わる陣地、武田・村上両家が布陣した地を見てきた。ここからは、戦いの詳細について思考してみる。やはり『甲陽軍鑑』の記述は物語的と感じられる。しかしよく考えてみると、人が言葉で語ったからこそそう感じられるのであろう。だから物 ... » more
テーマ 雑記 武田信玄

上田原古戦場ー河岸段丘ー 上田原合戦の経緯を考える上で重要な条件が立地にある。武田軍が、何故伝承として残る倉升山(神畑山ろく)付近の陣地から、上田原字旗塚付近に本陣を移動したか?上田原合戦において、両軍(武田・村上)が布陣した地は伝承によるものである。史料に ... » more
テーマ 雑記 武田信玄

上田原古戦場ー伝武田軍本陣と旗塚遺構ー 上田原古戦場に残る「旗塚」という旧地名。この地名・遺跡について、『信州の伝説』という書籍にその項があり、古写真も積載されている。同書の記述によると、「上田市塩田町奈良尾の富士山にある。かつては周囲七〇メートルほどのものが ... » more
テーマ 雑記 武田信玄

上田原古戦場ー伝村上本陣須々貴山ー 上田原古戦場跡地の北西側、浦野川と千曲川の合流付近に、半過の岩鼻という断崖がある。その崖に連なる山容が、須々貴山と呼ばれている。ここは以前上田原合戦に際して村上義清が本陣にしたと伝わる場所で、須々貴山城跡が残る地でもる。 ... » more

打越城跡旗塚遺構 信州上田訪問の主題でもある「旗塚」。その本命ともいえる遺構があるのが、この打越城(古城)跡である。打越城跡は、信綱寺の黒門が建てられている尾根上に東西に広がる遺構である。訪れた日は、桜が満開に咲き誇る絶好の散策日和であった。旗塚 ... » more

春の信州上田へ 今春、久しぶりに信州の地へ訪れた。上田市在住の知人より紹介を受けた、戦国時代に関連しているのでは?と推測されている遺構を見学する目的であった。信州上田の地は、戦国時代、甲斐の武田家は、坂城の領主村上義清との争いで数少ない敗戦或いは劣 ... » more
テーマ 雑記 武田信玄

砂原峠の旗塚遺構 上田市富士山にある旗塚遺構。(旗塚遺構尾根南側より見る。尾根最上部より東側へ数基目の旗塚。)近隣に砂原峠があり、便宜上か?砂原峠旗塚と明記されている。これは小生の手元にある資料によればであるが。この明記は、『信濃の山 ... » more

信玄兜掛け松 「旗塚」遺構を見学するために訪れた信州上田の地。もう一つの楽しみが、「信玄兜掛け松」の伝承が残る松の古木を見ることであった。この松の古木がある山の下を通る道(鎌倉道・諏訪道などと呼ばれる)を東に向かうと、峠への登り口付近に砂原池 ... » more
テーマ 雑記 武田信玄

「旗塚」という伝承と遺構 長野県上田市内に「旗塚」という土工遺構がある。旗塚とは?その名の通り、旗をたてた塚と考えられるが、専門的調査等は成されていないようで、地方誌の伝承・説等で紹介されている程度である。小生は、上田市内の知人より新たに保存状態の良好な ... » more

歴史散策―真実を求めて―初春の一日
初春の一日 先日久しぶりに平日の休みが取れた。週間予報では南岸低気圧により雪マークになっていたが、当日が近づくにつれ予報も良い方向に変わってくれた。天気が悪くても初めから、魚料理だけは食べに行こうと思っていたが、全て良い方向に変わってくれて ... » more

日本の風景 「松」 と信州の木にまつわる武田信玄伝説 司馬氏の短編随想の中に、「松」という作が『この国のかたち四』にある。それによると、日本の風景は、縄文と弥生との境で変化があるということである。司馬氏はその作の中で、大学の教授の説を引用している。当時京大教授の森林生態学の ... » more
テーマ 雑記 武田信玄

武田義信の死16 武田義信の死。随分と長い間頓挫してしまった。ちょっと時間を置き、発想の転換等々から、頭の中を整理していた。曾禰虎長が武田晴信から指示を受けていた地域の城を確認した。小谷城(平倉城・平倉山)である。姫川と中谷川の合 ... » more
テーマ 雑記 武田信玄

武田家を農耕社会と云う原理から見てみる 近所の木々の葉が色つき始めた。青い空との共演が何とも言えない。戦国時代の兵種別編制についてコラムを発端に関連書を読み思考を繰返していたが、とうとう行き詰った。というか、半農半兵や兵農分離という明確な分け隔ては無かったのかな―、と。色 ... » more
テーマ 雑記 武田信玄

日本史の「誤算」07 我が死は三年間秘すべし 自領に迫った甲斐・武田信玄(1521-1573年)軍。これを阻止すべく、徳川家康(1543-1616年)が、屈強な自前の軍団「三河武士団」及び織田信長(1534-1582年)軍との「連合軍」を率いて挑んだのが、いわゆる「三方ヶ原 ... » more

続、動員兵力と兵種別編制ー再考ー とほほ、図書館に蔵書があった。入力ミスで検索に掛からなかったようだ。目当ての、『戦国の軍隊』は文庫版として近日刊行された。がこの文庫本の基は単行本で、5年程前に刊行されている物であった。小生は書店で購入した。さすがに発売されたばかり ... » more

続、動員兵力と兵種別編制ー上田原合戦からー 動員兵力と兵種別編制について。新聞紙面のコラムから、新説を提唱する研究者の著書を手に取り、戦国時代の兵士の動員について疑問を感じた。根底には半農半兵という通説がどうも信用成らない。平時、農業に従事する民を戦時に雑兵として用いる、 ... » more

最近新聞紙面に、戦国時代の動員兵力や兵種別編制を取り上げた記事が掲載されていた。産経新聞の、「本郷和人の日本史ナナメ読み」である。動員兵力について、兵力から読み直す歴史(下)川中島「1万3000VS2万」は多すぎ!? ... » more

歴史散策―真実を求めて―夏が来た
夏が来た 小生の長い夏休み、それも梅雨が梅雨でないような日が連日続く。そんなとある日の夕暮れ、空が夕焼けに染められていた。これは南の方向。西は夕焼けに空が染まっている。その夕焼けの一部が南の空の一部(雲か?)を染めていた。そうそう目にする ... » more
テーマ 雑記 武田信玄

さくらんぼ狩り 大好きな「さくらんぼ狩り」に行きました。黒いサクランボ・・・酸味が少なく甘〜い!黄色のサクランボ・・・これも、佐藤錦・・・プチッと弾ける爽やかな甘さ宝石の様な真っ赤な実がたわわに・・・ ... » more

穏心不係人ー孫子から学ぶー 自己満足の小説を書き始めたら、調べ物が増えてしまった。治水技術や治水の歴史を調べていたら、いつの間にか、「孫子」にまでいってしまった。孫子というのは兵法書で、孫子を書いた人は、孫武(そんぶ)と孫臏(そんぴん)である ... » more

甲陽軍鑑末書には、武田義信の死に関する記述がある。末書上巻の六には、古屋惣次郎という家臣を名指しして、義信の無用な仕置を述べている。義信は、この古屋を代官に任命している。その理由として、義信はその人物のことをしっかりと知り得てい ... » more
テーマ 雑記 武田義信 武田信玄

 

最終更新日: 2018/07/06 12:27

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