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郷土史

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テーマ「郷土史」の記事を新着順に表示しています。(1ページ目)

KIYO BLOG土蜘蛛伝説(白川編)
そもそも歴史は現在、骨、遺跡、DNAなどにより推論してきている。しかし、突き詰めればその虚実性はにわかに判断できないし信用できないものである。また、いくら考古学に新しい学説が発表されても、タイムマシーンでその時に戻らないと真 ... » more
テーマ 郷土史

KIYO BLOG白川の方言
九州北部平尾台の東、白川という地域の方言で、昭和三十年頃に使われていた方言です。今は、この単語を使う人々も既に姿を消し、殆ど聞くことはないが、小生の記憶にある単語をいくつか書き上げることにします。「おい」=俺 「おん ... » more
テーマ 郷土史

KIYO BLOG豊玉姫伝説
白山多賀神社に奥の院がある。青龍窟である。青龍窟は青龍大権現を祀る、青龍大権現とは竜女豊玉姫であり、本地は釈迦如来という。豊玉姫伝説地神四代の時、彦火火出見尊は龍神の娘、豊玉姫を妻に迎え程なく懐妊し、玉のような男の子を出 ... » more
テーマ 郷土史

KIYO BLOG白山多賀神社の歴史
白山多賀神社の歴史 白山多賀神社祭神伊弉那美岐命・伊弉那美命・豊玉姫命の三神由来この社は元白山権現という、天平六年南都「東大寺の僧慧空が創めし時、白山権現の祠を建ててこれを上宮とし、不知山等覚寺とす、と「社伝」にある。そ ... » more
テーマ 郷土史

KIYO BLOGゼロ戦の離着陸も
ゼロ戦の離着陸も 戦時中、ゼロ式戦闘機が離着陸することができたという直線の農道。大正十年八月に竣工した、鋤崎地域の耕地整備によりこの道はできた。戦時中は道路の整備が行はれ、ゼロ戦の離着陸ができたという。 ... » more
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KIYO BLOG青龍窟
青龍窟 鬼の唐手岩青龍窟水晶山 ... » more
テーマ 郷土史

KIYO BLOG水力発電所
白川の西、谷地区の青龍林道を登りはじめ、最初のつづれ折れを超えてすぐ、林道の左側にその遺構がある。当時、白川村の戸数は三百六十余りで、家庭に配電していたのは行橋町に出張所を置く「九水電燈社」であるが、当時の白川村は陸の孤島の様なもの ... » more
テーマ 郷土史

最後の修験者と言われた森下老人は、私の横である思い出話をしてくれました。「私たちは、天台の修験者で、私がまだ若い頃、青龍窟で修行をする為に装束を整え家族親友に別れを告げて青龍窟に入場しました。」白装束で経を読み、持ち込んだ食 ... » more
テーマ 郷土史

KIYO BLOG白川の神社
現在の白川の郷は、行政区として、山口区、北谷区、本谷区、八田山区、稲光上区、稲光区、葛川区、鋤崎区、黒添区、法正寺区、谷区の11区があります。又、面白い話がある。鋤崎は鍬の形をした岬、葛川は山の葛の根から染み出る葛の汁がその川を ... » more
テーマ 郷土史

青龍窟と白山多賀神社(伝説) 修験道場青龍窟福岡県に青龍窟という洞窟がある。近頃、幾つかある支道で、ナウマンゾウの化石が見つかり、ナウマン支道と名付けられた。その後、洞窟学会の祭典が開かれ青龍窟は広く知られるようになった。つい昭和の初 ... » more
テーマ 郷土史

KIYO BLOG仮想日本史
仮想日本史 日本という国 国東熊野磨崖仏日本の各地に残る伝説などは、当時の為政者による民族の正当性などを主張するための真実を捻じ曲げた物語である。如何せん、多くの古文書並びに伝承は現代にあるビジュアル的証拠はないに等しい。 ... » more
テーマ 郷土史

熱血!古典教育・国語教育ipadと古地図
今日は県立博物館のワークショップに参加しました。ipadにあるGPS機能と、古地図や戦後まもない時期に米軍によって撮影された航空写真ほかのいくつかの地図とを合体させて作ったアプリを用いて、城下町を散策しました。古い写真を渡され、それ ... » more
テーマ 郷土史 古典教育 国語教育  コメント(1)

一部の歴史書では記述がある「磐城村太田方の小作争議」や地元の農民運動ですが、現在では私が調べた範囲では完全に封印されています。その当時からおよそ100年経った現在この地域は当時の面影はなくなっています。当時小作農であった人々の多くは、敗戦後 ... » more
テーマ 郷土史

1928年3月15日、当時の日本共産党が全国的に躍進する中で、田中義一(軍閥)内閣が、全国1道3府27県で共産党員の自宅や労農党本部や約50ヶ所の左翼団体を家宅捜索し、1,568名を逮捕、484名を起訴する事件が起こります。奈良県においても ... » more
テーマ 郷土史

独り言奈良県の小作争議 2 
1921年10月に北倭小作人組合が、日本農民組合(日農)に加盟して以降、1924年には日農生駒郡連合会、1925年には日農北葛城郡連合会が結成されていきます。そして、日農奈良県連合会結成。現・葛城市疋田の正光寺【日農奈良県連の結成大 ... » more
テーマ 郷土史

独り言農民歌
... » more
テーマ 郷土史

独り言奈良県の小作争議
奈良県の小作争議 磐城村太田方だけでなく奈良県内では小作争議が頻発していたが、その主たる理由は小作料(年貢)が全国一たかい事であった。県内の地主の多くは、小作農民が収穫した米の内7割〜8割も収奪する事は普通であったといわれる。さらに奈良県の場合、部落差別との ... » more
テーマ 郷土史

磐城村太田方。ただし現在はこの地名はない。1889年に成立した當麻村と磐城村は、1956年に合併して北葛城郡當麻村、1966年には當麻町、2004年には南隣の北葛城郡新庄町と合併して葛城市となっている。現在は葛城市太田となっている。 ... » more
テーマ 郷土史

桜井ツアーその3(最後) 小谷屋さんを出たときには、すでにお昼をまわっていました。昼食は、宮窪のおっさんの手配で、ここへ。大ぶりのネタで有名な「味秀」です。場所は、虎ヶ鼻海岸公園の傍。この虎ヶ鼻海岸公園って、庵主が仕事はじめたころに、最初の竣工検査に ... » more
テーマ バリブロ会 食べ物 郷土史  コメント(2)

素鵞庵主の晴耕雨読桜井ツアーその2
桜井ツアーその2 続きです。綱敷天満宮、古天神と回って、雨は本降りになってます。次に向かうは、日本有数の漆器問屋であった「小谷屋」さん。看板にも、在りし日の繁栄が。看板の金網は、幅が3m以上あります。今売られている金網 ... » more
テーマ 雑記 バリブロ会 郷土史  コメント(2)

素鵞庵主の晴耕雨読桜井ツアーその1
桜井ツアーその1 今治ブロガー有志による歴史散歩。今回は桜井地区です。台風の影響も心配されましたが、とりあえず影響なしということで、一安心・・・でしたが・・・集合時間はるか前に、案内役の大成ケイボン氏と、某Mブロガーが集合場所の志 ... » more
テーマ 雑記 バリブロ会 郷土史  コメント(6)

setokuda鳥取砂丘 味噌土
鳥取砂丘 味噌土 砂丘にはところどころ赤土のような地層が出ています。大山の噴火によって飛んできた軽石の粒が、積もったものと言われています。風化して黄褐色に変色しており、これを味噌土とよんでいます。味噌土の上に黒ぼくといわれる地層がありその上に砂丘の砂が乗って ... » more
テーマ 郷土史 自然

鳥取砂丘 鳥取に住んでいながら・・・・・・・ 灯台もと暗しといううか?鳥取といえば砂丘というぐらい有名なのにいつも素通りしてしまいます。今日は砂丘について由来を調べてみました。ずっと昔神功皇后が西征のときに湯山に寄港されたころは砂丘の大部分が海であったと伝えられています。湯山池 ... » more
テーマ 郷土史 自然

setokuda宝隆院庭園 続編2
宝隆院庭園 続編2 宝隆院”東館池田仲律(なかのり)の娘として江戸の三田藩邸に生まれる。初名は延母は奥女中の松江兄は10代慶行である。1848年(嘉永元年)慶行が死去すると、その養女となり、加賀藩前田家から迎えた11代慶栄(よしたか)と結納を取り交わした。 ... » more
テーマ 郷土史

setokuda宝隆院庭園
宝隆院庭園 仁風閣の裏手に宝隆院庭園はあります。12代鳥取藩主池田慶徳(いけだよしのり)が若くして未亡人となった11代藩主慶栄(よしたか)の夫人宝隆院を慰めるために造営した池泉庭園です。11代藩主池田慶栄わずか17歳で逝去(加賀 ... » more
テーマ 郷土史

仁風閣にいってみました。中を見学したのは小学校以来です。 鳥取市の久松公園に仁風閣はあります。中を見学したのは小学校以来です。仁風閣の案内板仁風閣はこんな建物です。藤棚があったので撮ってみました。仁風閣の全景タングステンの ... » more
テーマ 郷土史

setokuda池田墓所に行ってみたよ!!
池田墓所に行ってみたよ!! 近くに池田墓所があり、時々散策します。墓所といえば暗いイメージを思い浮かべますが、きれいに整備され観光名所になっています。藩主の墓碑は亀(亀趺 きふというらしい)の上に乗ってい ... » more
テーマ 郷土史

国森遺跡と矢田城の発掘現場を見る 隣町に新しく施設ができる事前調査で、つい最近遺跡が発見された。今日は説明会と言うことで、一端の考古学者気取りで見学したが、予想以上の見学者で驚いた。このあたりは昔から古跡のあるところは知っていた。貝塚も多く出て、古くから ... » more

地中から掘り出された墓石 私の住んでいる七社地区は、少し掘ると、砂利ばかりでるところで、其の昔、庄川が運んできた砂利だろう。その数メートルしたから、墓石が出てきた。出た場所は七社の現在の墓地より数十メートル北側だった。1993年5月初旬のことである。村の人が ... » more
テーマ 歴史 郷土史 写真

郷土の偉人 そこに日本人がいた! 〜異郷にあって祖国への忠誠心を忘れなかった明治人赤碕伝三郎の心意気 本の紹介「そこに日本人がいた!」新潮社刊今から105年前(明治34年10904年)に天草郡高浜村出身の、赤崎伝三郎さんと奥方のチカ子さんがインド洋に浮かぶマダガスカル島(当時フランス領)に渡り、ディエゴ・スアレスの小さな酒場から始ま ... » more
テーマ 郷土の偉人 郷土史

 

最終更新日: 2016/12/05 13:36

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