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旅の記録

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テーマ「旅の記録」の記事を新着順に表示しています。(4ページ目)

中山道・手力雄神社 伊豆神社から旧中山道を東に行くと手力雄神社(岐阜市蔵前)のところに小さな枡形があり手力雄神社の一の鳥居と道標があり、「左木曽路」と書かれている。 ... » more
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今日の午前中は相模原です。&中山道・伊豆神社 茶所駅から東に進み、左名古屋、伊勢近道の道標を過ぎてしばらく行ったところに伊豆神社(岐阜市切通)があり、その前に中山道の道標がありました。今日の午前中は相模原のそろばんの先生が手術し入院をしたのでお見舞いに行ってきま ... » more
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中山道・加納宿石碑 名鉄茶所(ちゃじょ)駅(加納八幡町)に、「中山道加納宿」と書いた石碑が建っていました。なお、名鉄茶所駅(ちゃじょえき)の踏み切りの東に黒塀の大きなお屋敷がありました。ここは岐阜市指定の都市景観重要建物・森川邸で、このあたりにも"高札場"があ ... » more
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中山道・加納宿 脇本陣 加納八幡宮の近くで本陣から少し離れた所に脇本陣がありました。大会もフラッシュ暗算検定試験も終わりましたので、今日から読上算、読上暗算の練習を重点的に行います。 ... » more
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中山道・加納宿 本陣跡 11月16日に加納八幡宮(岐阜市加納八幡町)に車を止めて集合時間までに間に近くを散歩してみました。八幡宮の近くに本陣跡があり、皇女和宮様が宿泊したときに詠んだ歌の歌碑がありました。本陣とはもともと戦場に於いて大将の位置する本 ... » more
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中山道・加納宿(かのうじゅく) 加納宿は中山道53番目の宿場で、現在では静かな住宅地・岐阜市加納地区(JR岐阜駅の南側)です。町並みは普通の宿場の3倍の21町30間(約2.3km)、中山道に沿って軒が並ぶ細長い町でした。また加納宿は日本橋より105里4町(約412.8km ... » more
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中山道・太田宿 弥勒寺跡 弥勒寺は色々なところにあるようですが、ここ太田宿にもあったようです。弘化二年(1845)の『加茂郡太田村家並絵図』の中には弥勒寺が描かれています。天保年間には祐泉寺九世海音和尚が隠居していたようです。嘉永三年(1850)に脇本陣 ... » more
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中山道・太田宿 中山道会館 太田宿のほぼ中央にある休憩所を兼ねた観光会館です。今日の本部教室はフラッシュ暗算検定試験です。練習の成果を発揮し全員が合格するように頑張ってください。 ... » more
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中山道・太田宿 道標 隣の伏見宿まで3里(12キロ)と書いてあります。最近作られたものでしょうか。新しい道標です。本部教室以外の教室は今日フラッシュ暗算検定試験の申込締切日です。 ... » more
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中仙道・太田宿 祐泉寺 祐泉寺の境内には数多くの石碑が残されている。太田の地で生れ育った明治の文豪坪内逍遙が述懐の念をこめて詠んだ「椿の歌」の碑、松尾芭蕉の門弟となった脇本陣3代目の林由興(冬甫)が師を悼んで建てた芭蕉の句碑、西園寺公望の石標などが残され、祐泉寺の ... » more
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中山道・太田宿 新町木戸門跡 ここに太田宿の木戸があり木戸番が旅人の出入りを認め、朝夕には木戸を開閉していたらしいです。普通の民家の庭先にありました。今日は朝から雨です。気温も上がらず寒い一日になりそうです。月曜日から3月の大会の選手を選 ... » more
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中山道・太田宿 虚空蔵堂と道標 虚空蔵堂は太田宿の出口にあたり、ここには京への道標があり古くから旅人への道案内となっていた。また、1221年(承久3)「承久の乱」の木曾川合戦では、木曽川を挟みこの辺りが戦場となって朝廷軍(太田側)と幕府軍(可児側)が戦った。 ... » more
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中山道・太田宿代官所跡(坪内逍遥生家跡 ) 国道41号線中濃大橋の下をくぐり真直ぐに70mほど太田小学校生垣まで進むとそこが太田宿代官所跡です。小学校の生垣の中に説明板がありました。美濃加茂市太田本町5丁目尾張藩の代官所が置かれ中津川から鵜沼までの中山道と木曽川沿った ... » more

中山道・太田宿 郡上街道追分と高札場跡 国道41号の高架をくぐって左に、次を右と曲がるがここが下町の枡形で、右に曲がる角に道標があった。「右関上有知左西京伊勢」と刻んであり、その前に高札場跡の立看板がある。ここは郡上八幡へ向かう郡上街道の追分にもなっています。江戸 ... » more
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中山道・太田宿入口 国道21号線を各務原市から岐阜方面に向かって行って先日アップした追分を過ぎると旧中山道は左に折れて行きますが、その入口の所にありました。今日は暖かくなりそうです。そろばんコンクールまであと4日になりました。選手は特に頑張って ... » more
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中山道・太田宿脇本陣&今日の午前中は茅ヶ崎です 江戸時代、太田宿の脇本陣を務めたのが林家です。享保年間(1716〜1736)の築造といわれる母屋、質蔵や漬け物蔵など、江戸時代の名残をとどめる建物群のほか、1861(文久元)年、皇女和宮降嫁の際に建てられた袖壁付きの表門も健 ... » more
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中山道・太田宿本陣跡 美濃加茂市 美濃路にあって尾張藩領だったという中山道の太田宿は、東西約670mで盛んなときには旅籠20軒あったそうです。東に中山道の難所のひとつだった木曽川の渡河があり、さらには中山道、飛騨高山道、善光寺道の追分(分岐)にあたるため大いに賑わった。 ... » more
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中山道・太田宿 岐阜県美濃加茂市 中山道六十九次のうち五十二宿目で中山道美濃十六宿の八番目の宿「太田宿」です。太田宿は美濃国ですが交通の要衝でしたので尾張領でした「太田の渡し」から木曾川沿いを下り枡形の道を通り国道21号線へ出ると、そこが中山道と飛騨高山道と善光寺道の追分で ... » more
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中山道・土田(どた)宿 岐阜県可児(かに)市 九州で撮ってきた写真がまだたくさんありますが、後日アップすることとし、今日から先週岐阜に講習に行ったときの写真をアップします。講習が始まる前に高速を少し手前で降りて、土田(どた)宿、太田宿に寄っていきました。もとは中山道の宿 ... » more
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赤間宿の道標 福岡県宗像市 赤間宿の南のはずれの釣川に架かる辻田橋の袂に道標が立っていました。それには「此方鞍手郡山口道」「自是下田○分之内迄八百六十一間」と刻まれていて、道標には「此方畦町道」「此方鞍手郡山口道」と彫られていました。途中郵便局で1,000円貯金をして ... » more
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赤馬宿=赤間宿(旧唐津街道) 福岡県宗像市 赤間(あかま)の名前に由来については、近くの七社宮(ななしゃぐう)(七社神社)前の案内板に次のような神話が書いてある。「神武天皇が、当地をお通りになった時、道に迷われました。その時赤い馬(●●●) に乗った威容のある老人が現れ、天皇をご案内 ... » more
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赤間宿(旧唐津唐津街道) 福岡県宗像市 旧唐津街道は福岡藩、唐津藩の参勤交代の路で、唐津街道の宿駅、筑前21宿のひとつである赤間宿。江戸時代の宿は1宿が1町村を形成している場合が多く、赤間宿も赤間村と呼ばれていた。赤間(あかま)とは、福岡県宗像市の赤間地区または、唐津街道赤間 ... » more
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両界山横蔵寺 岐阜県揖斐郡揖斐川町 801年(延暦20)に伝教大師最澄(サイチョウ)が創建したと伝えられる寺。22体の国の重要文化財が安置され、多くの絵画、書籍を蔵していることから"美濃の正倉院"と呼ばれている。中でも200年前に即身成仏したという妙心法師のミイラは有名。秋に ... » more
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今日も岐阜です 岐阜県本巣市 今日の午前中は、地元の先生が日本三大桜の名所、淡墨桜へ案内をしてくれるそうです。桜は咲いてませんが、どんなところか行ってみます。9時集合まで少し時間があるので、これから岐阜市内をぶらぶらしてきます。樹齢1,500余年、樹高1 ... » more
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今日は岐阜です 今日は岐阜県珠算振興会連合会主催の珠算指導者講習会で、講師を務めるために、3時30分に平塚を出て、出発の予定でしたが、バッテリが上がっていて、ドアが開かなくなりましたので、JAFに直してもらってからになったので、出発が4時30分になりました ... » more
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長崎街道・木屋瀬宿の本陣、脇本陣の石 長崎街道の紹介が最後になりました。長崎街道は、江戸幕府唯一の開港場長崎と小倉・大里を結ぶ、脇街道でした。肥前佐賀藩領では、彼杵、塩田、多良の3道筋に分かれていたため、宿駅の数は一定せず、彼杵通のコースだけで25、6ヵ宿を数えました。長崎 ... » more
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木屋瀬宿・追分道標(おいわけみちしるべ) 「従是右赤間道、左飯塚道」と刻まれた道標です。西構口の外、道の分岐点に建っていました。赤間道とは博多方面に向かう道、飯塚道とは飯塚宿を通り長崎に至る道です。旅人が間違えないようにと建てられたのでしょう。二つの街道が枝分かれする木屋瀬なら ... » more
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木屋瀬宿・代官所跡 木屋瀬宿には代官所もありました。代官・下代が常勤し、年貢の取立てと国継ぎを行っていました。宿内の大通りから代官小路と呼ばれて親しまれている路地を入ると、今は石垣のみを残す代官所跡があります。(八幡西区役所ホームページより) ... » more
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木屋瀬宿・東構口&今日の午前中は川崎です 黒崎宿方面からの木屋瀬宿の入口で、岡森用水路の傍らにあったとされています。構口は宿場の東西にあり、西の構口には現在も当時の石垣が保存されています。東構口跡の両側に建っている松本家は、木屋瀬の町家の遺稿として貴重な存在であり、東構口を知る上で ... » more
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木屋瀬宿・西構口跡&今日は有楽町です 構口は宿駅とも書き、宿駅の出入口に標として設けられたもので、道路と直角に石垣を組み、その上に白壁の練塀を築いたものでした。特別の木戸や扉は設けられていません。構口は方位にかかわらず、上り方面を東、下り方面を西としました。木屋瀬宿の場合、岡森 ... » more
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最終更新日: 2016/11/28 08:19

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