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戦国時代

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親テーマ: 日本史
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テーマ「戦国時代」の記事を新着順に表示しています。(1ページ目)

甲斐武田氏五代百年の興亡を、富士御室浅間神社に伝わる史料『勝山記』をベースに、戦争と内政から考察した好著。一見、学術書のようなタイトルですが、平易な文章で図版も多く掲載されているため、非常にわかりやすい内容になっています。印象としては、 ... » more
テーマ 武田氏 戦国時代

戦国時代の豪傑・剣豪〜塙団右衛門 出自については正確には分かっていないと言われており不詳である。尾張国の人で、同姓であるため、織田氏の家臣・塙直政の一族か縁者とする説もあるが、遠州横須賀衆で浪人となった須田次郎左衛門という人物が本人であるという説や、上総国養老の里の出身 ... » more
テーマ 歴史 史跡と歴史散歩 戦国時代

戦国時代の豪傑、剣豪と云えば? 戦国時代と言えば一国一城の主となるべく腕自慢、力自慢の豪の者が割拠した時代でもある。小生の頭の中にある豪傑で思い出すのは、後藤又兵衛、塙団右衛門、可児歳三、上泉信綱、柳生宗厳・宗矩親子、塚原卜伝等々いる。剣術の技を磨いて諸国放浪して ... » more
テーマ 歴史 史跡と歴史散歩 戦国時代

織田信長が黒人を家臣にした話 信長の逸話の中でも有名なのが黒人を家臣にした話のことだ。天正9年(1581)にイエズス会の大物ヴァリニャーノが日本巡察にやってきた。彼は織田信長に謁見しようとして京にやってきたのだが、そのとき彼が連れていたのが黒人の奴隷であった。 ... » more
テーマ 歴史 史跡と歴史散歩 戦国時代

宣教師ルイス・フロイスから見た信長像 日本人にとっての戦国武将・織田信長像は「傲岸で自分以外の者は信用しない」と云われるほど尊大だったとの印象が強いと思っている方が多いと思う。そして、事実そのような武将だったらしい。それでは外国人から見た信長像はどうだろうか?今回は ... » more
テーマ 歴史 史跡と歴史散歩 戦国時代

ジャックラッセルテリア桜見物
桜見物 *平成28年4月今日は朝から雨が降っていましたが、お昼前にやんだので、桜見物の散歩に出かけました。まずは、近くの学校の桜です。一日で五分咲きから八分咲きになってました。昨日、行ったお城にも行ってみました。天守閣の近くの広 ... » more
テーマ お城 戦国時代

戦国時代の「城」は武将の象徴と政務の中心 織田信長のことについて何度かUPしたのだが、今回は先月発生した熊本地震のおかげでひどい損害を受けた「熊本城」に関連して「城」についてUPしたい。その前に「この熊本城」のことなのだが、別名「銀杏城」という愛称があり市民から親しまれていたと ... » more
テーマ 歴史 史跡と歴史散歩 戦国時代

新東名を行く 長篠サービスエリアへ もう空いただろうと、爆発人気でパーキングが満員状態であった。長篠古戦場近くに設けられたサービス施設に行った。長篠城を救わんと徳川、織田連合軍が、長篠の少城を攻める武田軍と、両軍が正面で対峙した設楽原を眼下に建てられた、テーマーパーク ... » more
テーマ 歴史 戦国時代 新東名高速  コメント(2)

鎧袖初雁雑事記『岡山県の中世文書』
『岡山県の中世文書』 昭和46年に刊行された『黄薇古簡集』の覆刻です。『黄薇古簡集』とは江戸時代後期に備前藩で編纂された文書集です。「岡山の」とありますが、これは岡山関係の、という意味ではありません。収録文書の中には、岡山県、当時の備前・備中などとは関係がな ... » more
テーマ 史料分析 戦国時代 古文書

日本史の「デジャヴ」17 戦国繚乱!養子の系譜 なんだかんだと言っても、あるいは言わなくても、戦国時代の人物関係には大層複雑なものがあります。たとえば以下の内容がその通りで、この説明を分かりやすいと思える人はよほどの奇人変人?でしょう。〜ええかよく聞け、話は戦国時代だ ... » more

万屋満載織田信長の戦への取り組み方
織田信長の戦への取り組み方 織田信長といえば一生のうち100回近い戦をやっていることは述べたのだが、この信長、戦のことについては普段からいろいろ考えていたという。武将の子供だけあって当時の遊びは、ほとんどが「戦」と関係のある遊びだったという。棒ふりから始まって ... » more
テーマ 歴史 史跡と歴史散歩 戦国時代  コメント(5)

山国の戦国大名なのに水軍を持つ。これって誰のこと? ●●●●●★歴史★●問題:南米にボリビアという国があります。日本の3.3倍もの面積があるそうです。でも海には面していません。◇*HP「ボリビア - Google 検索」(画像)https://www.google.co.jp/s ... » more

万屋満載信長の小姓「森蘭丸」の逸話
信長の小姓「森蘭丸」の逸話 前回に続き森蘭丸の逸話としたい。皆さんには申し訳ないないのだが、小生は、逸話というものは事実もあるのだろうが、後年の人々がこうではなかったのか?との願望と期待が入り混じった創作ものが多いと思っている。信じる人もいるだろうが信じない人 ... » more
テーマ 歴史 史跡と歴史散歩 戦国時代

織田信長の小姓「森蘭丸」のこと 前回少し述べたのだが、信長の小姓「森蘭丸」のことだ。その前に小姓のことだが・・・武家の社会では亭主(武将)の身の回り、つまり雑事のことなのだが、正室、側室等の女房達は一切しなかったといわれている。それでは誰がやったのかという ... » more
テーマ 歴史 史跡と歴史散歩 戦国時代

信玄と謙信の一騎打ちを目撃した僧侶とは誰なの? ●●●●●★歴史★●問題:川中島の戦いはご存知のように5回の戦いがありました。いちばん激戦だったのは4回目。永禄(えいろく)4年(1561年)に行なわれました。織田信長が今川義元を討ち取った桶狭間の戦いの翌年です。◇*HP「川中島古 ... » more

万屋満載織田信長の初陣と側室の話
織田信長の初陣と側室の話 織田信長の初陣については前回もサラッと述べたのだが、詳細な記録はないというのが本当らしい。前回もUPしたように初陣は天文16年(1547)吉良の大浜城攻めであるが、これは今川義元の勢力が伸びてきていたことで吉良大浜を攻めている。一応 ... » more
テーマ 歴史 史跡と歴史散歩 戦国時代

万屋満載織田信長の負け戦について
こんにちは!久しぶりのUPです。今回は信長の合戦についてUPするのですが、織田信長の合戦ということになると凄い回数になると思います。ざっと調べただけで90回近い合戦をしている。華々しい勝ち戦ばかりではなく、当然負け戦もあるわけで ... » more
テーマ 歴史 史跡と歴史散歩 戦国時代

日本史の「忘れ物」23 戦国”戦死者”の弔い作法 戦国時代(室町時代末期)は、文字通り全国各地で活発に“戦(いくさ)”が展開された時代です。しかし“戦”の頻発は、言い替えればそこで命を落とす、つまり大勢の”戦死者”を生み出すということでもあるわけです。ドラマなどでは、華 ... » more
テーマ 陣僧 関ケ原 戦国時代

万屋満載織田信長の残酷非道の話
織田信長の残酷非道の話 新年初めての投稿です。今後ともよろしくお願いします。ミスもょこチョコありますが大目に見ていただきたいと思います。今まで、信長にも慈悲心があることを述べてきたが、今回は語られている「残酷」な面について少し述べたい。歴史ファンで ... » more
テーマ 歴史 史跡と歴史散歩 戦国時代

信長を語るとき、必ず出てくるのが比叡山での焼き討ちによる僧侶の殺戮、高野山や奈良での寺院の破壊の事であろう。信長は特に一向宗への憎悪が計り知れない所があるように見受けられる。それと、二条城の建設時、京の石仏などを片っ端から引き倒して ... » more
テーマ 歴史 史跡と歴史散歩 戦国時代

小豆島大坂城石垣石切丁場跡を訪ねる(天狗岩丁場・八人岩丁場) 今回の小豆島行きのお目当ての1つは、大坂城石垣石切丁場跡である。小豆島のあちこちに丁場があるが、見学可能な保全されている丁場として、天狗岩丁場・八人岩丁場がある。豊臣が滅んだ後、徳川の世の到来を誇示するため、豊臣大坂 ... » more

義元が休息しているという情報を得た信長は、小踊りせんばかりに喜んだことは想像できる。だって、義元は2万5千人、自分達はたったの3千人た。まともに向かって戦っても勝てる道理は全く無いわけだから、この機を千載一遇ととらえたことであろう。 ... » more
テーマ 歴史 史跡と歴史散歩 戦国時代  コメント(3)

信長&義元〜「桶狭間の戦い」・その二 「敦盛」の一節を謡、舞う事三度繰り返した信長は愛馬に跨り一騎だけで清洲城を駆け出しだ。この時従ったのは、岩村重休、長谷川好秀、佐脇藤八、山口弘寄、加藤弥三郎の五騎だった。辰の刻の「五つ」(午前8時頃)ころ熱田神宮に到着したのだが、こ ... » more
テーマ 歴史 史跡と歴史散歩 戦国時代

信長&義元〜「桶狭間の戦い」・その一 前回、桶狭間の戦いについて述べたのだが、今回はもう少し詳しく述べてみたい。とは言っても信長を語るとき、必ず出てくるのが「桶狭間の戦い」で、歴史ファンであれば知らない者はいないだろう。まず今川義元のことなのだが、義元ぱ天下取りのため日 ... » more
テーマ 歴史 史跡と歴史散歩 戦国時代

日本史の「列伝」08 戦さに散った戦国一家 尾張国出身の戦国武将・森可成(もり・よしなり/1523-1570年/享年48)には、以下の順に六人の息子がいました。長男・可隆 ( よしたか/1552-1570年) 享年19次男・長可 ( ながよし/1558-1584年) 享年 ... » more
テーマ 本能寺の変 森蘭丸 戦国時代

『真田信繁──幸村と呼ばれた男の真実』 2016年大河ドラマ「真田丸」関連書籍が書店をいよいよ席捲しはじめました。ここ最近の大河に関連する出版状況の中でももっとも活況を呈しているのではないでしょうか。で、いきなり「本命」を取り上げます。平山優著『真田信繁──幸村と呼ば ... » more
テーマ 真田氏 戦国時代 伝記評伝  コメント(4)

鎧袖初雁雑事記『明智光秀』
『明智光秀』 八木書店から刊行中の「史料で読む戦国史」の第三弾です。全体の構成は、史料編と論考編からなっており、とかく本能寺の変のみがクローズアップされがちな光秀の生涯に迫っています。吉川弘文館から刊行中の『豊臣秀吉関係文書』が全八巻であるのにく ... » more
テーマ 史料分析 戦国時代 伝記評伝

万屋満載織田信長は病気はしなかった?
織田信長は病気はしなかった? 信長の肖像画を見ると小柄でやせ細り、色白の一見美男子に見える。乱世の戦国時代で、天下統一を果たす寸前まで上り詰めた戦国武将にはハッキリ言って見えない。だが体の方は健康だったようである。『信長公記』にも病気らしい病気をしたという記 ... » more
テーマ 歴史 史跡と歴史散歩 戦国時代

織田信長の愛唱歌は「人生哲学」 「人間50年、下天のうちをくらぶれば、夢幻のごとくなり、ひとたび生を得て滅せぬ者のあるべきか」・・・これは余りにも有名な詩(うた)である。幸若舞の「敦盛」で信長の愛唱歌でもある。信長は、この部分が特に好きで、いつも口ずさんでいたとも ... » more
テーマ 歴史 史跡と歴史散歩 戦国時代

寧々への手紙で信長の優しさを知る もう皆さんご存じですよネ。秀吉の女癖の悪さに、信長に愚痴ったのが「寧々」である。その寧々に対し信長が手紙を出して窘(たしな)めたりしている。まずその手紙を一読願いたい。 ... » more
テーマ 歴史 史跡と歴史散歩 戦国時代

 

最終更新日: 2016/08/22 03:44

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