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南方熊楠

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テーマ「南方熊楠」の記事を新着順に表示しています。(2ページ目)

南宋の魏了翁の『古今考』にいわく、「『公羊伝』にいわく、周制には、諸侯は一たびに九女を娶り、天子一たびに十二女を娶る、と。漢儒いわく、商制には、天子は一たびに娶るはまた九女に過ぎず、と。『礼記』昏義にいわく、古者《いにしえ》、天子は后として ... » more
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却説《さて》この劉瑜の上書に珍しい言がある。そは「古者《いにしえ》、天子は一たびに九女を娶る」というので、註に、「『公羊伝』にいわく、諸侯は一たび三女を聘し、天子は一たびに九女を娶るは、夏殷の制なり、と」と出づ。南宋の洪邁の『容斎随筆』三に ... » more
テーマ 南方熊楠

支那で宦者が国政を乱したは、古く豎※[#「刀」の「丿」が横向き、第3水準1-14-58]《じゅちょう》が斉桓の偉業を敗り、趙高が二世を弑し、前漢の石顕弘恭が※[#「くさかんむり/粛」、第4水準2-86-77]望之を殺した等の例あれど、後漢に ... » more
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『※[#「こざとへん+亥」、U+9654]余叢考』四二には、支那の宦者が女人を娶った例を、どっくどっくと溢るるばかり出しある。清朝でも、孝欽太后は安得海を、慈禧太后は李蓮英を寵幸し、隆裕太后は、八姑※[#「女+乃」、第4水準2-5-41]々 ... » more
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ローマ帝国の婬婦連が、子を生むを欲せず、しばしば宦者を弄んだは、当時の嘲詩これを証する。ツァナのアポルロニオスが記したという、バビロン王の一妾が、宦者と通じた話が事実譚なら、これが世界中で最も古い記録であろう。降って東ローマ国のレオ帝が、宦 ... » more
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九三代の後宮と劉瑜の上書『後漢書』八七、桓帝の延熹八年、広陵の人劉瑜、京師に到り、上書して時事を痛論した文中に、「古者《いにしえ》、天子は一たびに九女を娶り、※[#「女+弟」、第3水準1-15-82]姪《ていてつ》序あり、『河図』嗣 ... » more
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清の袁枚の『随園随筆』八に、「偽漢の劉聡、周の天元(宣帝)は、みな皇后数人あり。元代の四の斡耳朶は、倶《とも》に皇后六、七人あり、大抵その時皇后と称する者は必ずしも正宮にあらず。なお、これ皇子をみな太子と称し、宗女をことごとく公主と称するが ... » more
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右五帝の事蹟は、大抵いわゆる正史に記すままだが、後世の筆ゆえ潤色が多い。例せば、唐の司馬貞の『史記索隠』に、黄帝四妃を立てしは、后妃四星に象る、とある。后妃四星とは、二十八宿中、東方第三の※[#「低のつくり」、第3水準1-86-47]《てい ... » more
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八古支那の後宮『晋書』三一、后妃伝序にいわく、「それ乾坤|位《くらい》を定め、男女|形《かたち》を流《わか》ち、伉儷《こうれい》の義|帰《おもむ》くところを同じくし、貴賤の名|等《たぐい》を異《こと》にす。すなわち配を皇極に作《な》 ... » more
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前にも述べた通り、植物学者説に、瓠はもとインドとエチオピア辺に自生し、それより両半球の熱地、温地の諸国へ拡がったという。支那の文献に見るところ、上古の人、手を茹《くら》うて血を※[#「口+插のつくり」、U+55A2]《すす》り、果蔬※[#「 ... » more
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七古支那と瓠『周礼』地官に、「委人《いじん》はおよそ畜《たくわ》え聚《あつ》むるの物を掌る」、注に、「およそ畜え聚むるの物とは、瓜瓠葵芋にて、冬を禦《ふせ》ぐの具なり」、疏に、「「七月」の詩に「八月壺を断《き》る」とあり、壺とは瓠な ... » more
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これらの瓢いずれも口を広く描いた。『日次記事』四に、もし信施の米銭あらば、すなわち瓠をもってこれを受くとあるに合う。一瓢に米等が満つれば運び帰ると、さらに他の瓢で貰い受けたのとあったのだ。かく瓠瓢に物を集め容るることは古来あったので、中山太 ... » more
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これらの下種方、必ずしも後魏や明朝に始まったでなく、現存する限り、そのころの文献に最も早く見《あらわ》れおるまでで、文筆の届かぬ田舎には、ずっと古くより実行されたと察する。とにかく西洋料理店のナプキンへ、残食を包んで失敬し、渋皮のむけた下女 ... » more
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六瓠と星占一七四八年、米国ニュージャーシー州に遊んだスウェーデンのカールム教授の視察記に、当時かの辺で多く瓠を種《う》えたが、食品にならず、杓、漏斗、椀、皿等にした、また諸植物の種子を納れて海外へ送れば、他の諸方便に勝れて、その発芽 ... » more
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三舌切り雀の根本譚故芳賀博士の『攷証今昔物語集』には、一三巻、「陸奥国の法花・最勝二人の持者の語《こと》、第四〇」の攷証に、件《くだん》の『法花験記』と『元亨釈書』の二書しか挙げおらぬが、部分的ながらも、この譚によく似たものが、『今 ... » more
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一「瓢箪屋」の文句『民俗学』五巻一〇号九〇四頁に、中西祥男君が出された「内のおせどに、お茗荷と蕗と、お茗荷めでたや、ふき繁昌、面白や、イヨノーヒョータンヤーエートソコヤ」という江州滋賀郡伊香立村の地突き唄は、予に取って無類に有益だっ ... » more
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熊楠の庭孝行坂の話
『郷土研究』二巻八号四七四―六頁に、越原君が大宮辺から来たらしい下婢より聞いたとて、孝女が奉公中朝夕その母に似せ作った仮面を拝した話を出されたが、不幸にも君はその話の後の方を忘れたそうで、結《とじ》めが一向分かっておらない。予は君のかの文を ... » more
テーマ 南方熊楠

大川総裁先生は「暗記型秀才」である,と言う面白い論考を見つけました.若干私のイメージと異なりますのでコメントしておきます.「暗記型秀才」と言いますと,私は「南方熊楠」が思いうかびます.WIKI から抜粋しておきます.子供 ... » more
テーマ 関孝和 南方熊楠 ガロア

朝鮮にこのこと行わるとは予には初耳だが、トランスカウカシアのオッセチ人も然《しか》する。窃盗に遇うと方士に贈物してともに心当たりの家に赴き、方士一猫を擁《かか》えて、「汝この人の物を盗んで返さずば汝の祖先の魂この猫に苦しめらるるぞ」と詛《の ... » more
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熊楠の庭富士講の話
食行《じきぎょう》、角行《かくぎょう》の「両行は当時の高等遊民、すなわち旗本か御家人の隠居などであったろうと思う、云々。衣食に不安を感じない彼らが、退屈紛れにさまざまのことを言い出して、お有難やの迷信をそそったのであろう」とあるが、『甲子夜 ... » more
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熊楠の庭人を驢にする法術
高木君が引かれた『幻異志』の文だけでは、実際かくのごとき法術が支那に唐のころ行われたのか、ただこの一譚のみインド等から転訛して伝わったのか、またまるで唐人新製の小説であったのかを知りがたかった。しかるところ頃日《このごろ》押上中将、予に『聊 ... » more
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熊楠の庭塩を好まぬ獣類
明の富大用の『新編古今事類全書雑集』巻二に、『瑣砕録』を引いて、熊少しばかりの塩を食えば、すなわち宛転して死す、胡孫《さる》もまた然り、とある。本邦の熊と猿も塩を食えば死するものにや。軽々しく試みるべきにあらねど、言伝えあらば報告せられたし ... » more
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熊楠の庭アイヌの珍譚
『人類学雑誌』二九巻五号一九六頁に吉田君いわく、沙流アイヌの老人常に語るらく、メノコ・コタン島、女子のみ住んで男なし、云々、「最上徳内この島に入って怪を探る。女陰に歯あり、秋葉凋落と共に脱《お》つ。かくして年々生ず。試みに短刀の鞘をもってす ... » more
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『東京人類学雑誌』二七八号三一二頁に、予は『螢蠅抄』より、元寇侵来の際、壱岐・対馬の民、敵軍が児啼きを聞きつけて押し寄せるを避けんとて、嬰児を殺して逃げ匿れし由の記文を引きたり。三〇八頁に引けるイタリアの山賊の外にも、欧州にかかる例あるを近 ... » more
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熊楠の庭千年以上の火種
支那に、祝融を火正黎と号し、また寒食《かんじき》に火を禁ずることあり。いずれも火を重んずるに基づきしと見ゆ。『※[#「業+おおざと」、第3水準1-92-83]中記』に、寒食を介子推《かいしすい》焚死の故事より始まるとせるは牽強ならん。さて、 ... » more
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熊楠の庭神狼の話
『東京人類学雑誌』二七八号三一〇頁に載せたる、大和国玉置山の神狼にはなはだ似たる話、滕成裕の『中陵漫録』巻六に出づ。いわく、「備中今津という処の山中に小社あり。木の山権現という。この辺に祠司あり。同じくまた下神代村というあり。ここより十里ば ... » more
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熊楠の庭鯤鵬の伝説
永田氏の「オシンタ旅行記」に、「近日某学者の説に、『荘子』鯤鵬《こんぽう》の説は、インドの小説と同じ、『荘子』はインドの小説を伝えしにあらずやと言える者あれど、フリと名づくる大鳥のアイヌ譚は、仏説にあらざるがごとし」と言わる。G. A. ... » more
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熊楠の庭伝吉お六の話(三)
六十六世紀に出た伊人モルリニの「新話」三一は、大要この「金驢篇」を沿襲したものながら、驢が恨み晴しに姦夫を露わすことなし。それより前、十四世紀にボッカチオが書いた「十日譚《デカメロン》」の五日一〇譚は全く「金驢篇」と同事異文だ。しか ... » more
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熊楠の庭伝吉お六の話(二)
三古インドの※[#「革+婢のつくり」、第4水準2-92-6]提醯《びだけい》国の重興王が賢相大薬に国政を委ねた時、一婆羅門早く書論に閑《なら》い、妻を娶るために多く財賄を費やした。これではならぬと気がついて、金儲けのため旅行し、よう ... » more
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熊楠の庭伝吉お六の話(一)
一津村正恭の「譚海」巻七に次の話を出す。武州熊谷の農夫、母妻三人住んだが、身代不如意となり、江戸に出で三、四年奉公して金を蓄え、帰って質地をも取り還し安堵すべしとて、母の孝養を妻に頼みて出立す。その夜、桶川に宿ろうとするに一人旅 ... » more
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最終更新日: 2016/11/13 06:56

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