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南方熊楠

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テーマ「南方熊楠」の記事を新着順に表示しています。(1ページ目)

南方まんだら宇治拾遺物語比較。男色か手淫か。 https://goo.gl/photos/mo4RmJdPjsEBQoBd9南方熊楠氏は宇治拾遺の11にある不犯の僧を集めた正俊の話。熊楠氏は、僧の言う「かはつるみ」を男色と見たが、この解説本は一説にはとしている。 ... » more
テーマ 南方熊楠 宇治拾遺 まんだら

南方熊楠の南方まんだら曼荼羅を知ると、宇宙が人を作りたまいし深奥に迫る気がする。地上の様々な宗教宗派のセセコマシイ我こそは式の重箱の隅をつつくような宗論ロンソウに熊楠はどのような断を下すか?いやそもそも、断を下すことを求めるかのよう ... » more
テーマ アマゾン 南方熊楠 僧侶派遣

安倍首相をバカ呼ばわりする人々に、安倍さんほどの覚悟をもって国内政治外交に命を懸けて働く人がいるだろうかと感じる。皇室の活動も死ぬまで天皇皇后は命がけで国民からの期待に応えて活動しているように思える。もっとも、革命運動も命がけだった ... » more
テーマ 南方熊楠 南方マンダラ

熊楠の庭男の差し櫛
元禄二年板、西鶴の『本朝桜陰比事』一に、京の富家の後家、主従ことごとく外出した跡へ、隣家の子十七で角《すみ》前髪なるが盗みに入り捕らえられ、平生後家と密通しおったと偽言し、この肌著小袖はかの後家の下著なるを、風の吹く夜の別れにきせて帰し候、 ... » more
テーマ 南方熊楠

昨日から漱石の「坊ちゃん」を眺めている。文庫本と同じ大きさの、ちくま日本文学全種の一冊なのだが、巻末に奥本大三郎が「亡びるね」という題で解説を書いている。漱石、鴎外、子規にしても幕末から明治にかけて生まれた人々中には立派な顔をした人が多 ... » more
テーマ 南方熊楠 神社合祀令 坊ちゃん

熊楠の庭熊野の神詠
里譚に熊野の神がむかし西牟婁郡富田の海辺に鎮座し掛かると波の音が喧《やかま》しい。それを厭うて山に上ると松籟が耳に障るので、「波の音聞かずがための山籠もり。苦は色かへて松風の声」と詠じて本宮へ飛び去ったという。神さえ到る処の不満足を免れず、 ... » more
テーマ 南方熊楠

熊楠の庭念者
『摩訶僧祇律』巻七に、「もし男子に衆多《あまた》の婦《つま》あれば、念者あり、不念者あり」。夫の気に入った妻と気に入らぬ妻とあるということだ。本邦で男子相愛の兄分を念者というは、これから転化したであろう。(大正九年四月一日『日本及日本人 ... » more
テーマ 南方熊楠

熊楠の庭よたんぼう
加藤雀庵の『さへづり草』松の落葉の巻、「坊のくさぐさ」の条に、よたん坊は酔《え》い倒れといえるに坊を添えたるなり、とあり。『塵添※[#「土へん+蓋」、第3水準1-15-65]嚢抄』巻五に、「世路《せいろ》、正体なき人をタンボナキというは下※ ... » more
テーマ 南方熊楠

熊楠の庭対食
『嬉遊笑覧』九に、「『天香楼偶得』に、「『漢書』趙皇后伝に、宮婢の道房は、中宮史の曹宮と対食し、はなはだ※[#「女+戸の旧字」、第3水準1-15-76]忌《とき》せり、と。この風相|沿《おそ》いて、後世に至るもかつて改革《あらた》まらず。『 ... » more
テーマ 南方熊楠

熊楠の庭ちょんきなちょんきな
『醒睡笑』四に、宗祇東修行の道にて、人謎をかくる。「ちょんきのもんき、なに」祇公「富士の雪」と言えり。その心は何としてもとけぬとなり。件《くだん》の謎を掛けし人、見るがうちに消えて跡なし、とあり。やや牽強かは知らぬが、徳川幕府の初世すでに「 ... » more
テーマ 南方熊楠

熊楠の庭米沢彦八
九年前の初冬、予熊野最難処の一たる安堵峰の製材小屋に四十日ほど起居した。その時杣人どもの話中、「彼はよく彦八を言う」「これは大彦八の名人じゃ」など言うをしばしば聞いた。大話、虚語を吐くことは分かったが、その原因を知らず、誰に尋ねても明答を得 ... » more
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熊楠の庭転矢気
『善庵随筆』第八条に、「転矢気、あるいは転失気に作る。『傷寒論』「陽明の脈証ならびに治を弁ずる篇」に、転失気の字三見す。宋板および諸本みな転失気に作る。『玉函経』ひとり転矢気に作る。いずれにても通ずれども、転矢気に作るを文理穏当とす」とあっ ... » more
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熊楠の庭尼が紅
『嬉遊笑覧』巻六下に、尼が紅暮霞なり、小児はオマンが紅という、云々、尼が紅というも天の紅なり。恵空が『節用集』に、「倭俗、赤色の雲を呼んで尼の紅粉という」。『用捨箱』にこの詞の起こりについて推測説を載せ、多く俳句を引きおるが、いずれも徳川時 ... » more
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熊楠の庭立小便と蹲踞小便
西沢一鳳の『皇都午睡』三編中巻に、「大坂にてもたまたま往来の小便桶へ婦人の小便すること、老婆幼稚の者は人目も恥じねど、若き女の小便するふりはあまり見るべき姿にあらず。江戸は下女に至るまでも小便たごなければよんどころなくかは知らねど、みな厠へ ... » more
テーマ 南方熊楠

熊楠の庭邯鄲師
『淮南子』修務訓に、「邯鄲の師に新曲を出だす者あり、これを李奇(古えの名娼)に託す。諸人みな争いてこれを学ぶ。後にその非《しから》ざるを知るや、みなその曲を棄つ。これ、いまだ始めより音を知らざる者なり」と出づ。邦俗|杜騙《とへん》を邯鄲師と ... » more
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熊楠の庭三絃の継竿
『風俗』が本年八月限り止めとなったは、われ人ともに遺憾至極に存ずる。その二巻一号に、安永中には継竿の三絃なかりしと述べた人ありしに対し、『先哲叢談』の伊藤東涯伝を引いて、元文中すでに継竿ありしを証した人あり。編者それを批して、文化中書かれた ... » more
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熊楠の庭長命丸を呑む
『守武千句』に、「きりはたり長命丸やあはすらん」「ひやうしをうちて見るはむらさき」。何のことか分からぬが、天文ごろすでにこの薬方あったと知らる。そのようなものを呑んだ例は支那にもある。『聊斎志異』一四に、「某生なるもの、新しき第《い ... » more
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熊楠の庭虚月爺二郎
『羈旅漫録』(明治十八年板、巻二、三三葉)、斎藤文次の記事と、『胡蝶物語』の本文とを訳して、明治三十七年六月十八日ロンドン発行『ノーツ・エンド・キーリス』四八五頁へ出し、他国にも類話ありやと問うたが、一つも返答が出なんだ。して見ると似寄りの ... » more
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熊楠の庭椰子蟹に関する俗信
本誌四巻三号五八頁に、江崎君は、この蟹「また動物の屍骸も好んで食う由で、新しく埋葬した墓を荒らして、死屍を食うこともあるという、云々。石垣島には、この蟹はあまり多くはないが、四箇の南岸には時々出没する。その付近、いわゆる糸数原の一隅には×病 ... » more
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熊楠の庭釘ぬきに就て(五)
釘ぬきに就て(五) 結論考古学雑誌十巻六号板津君の一文と右に出せる三氏の報知を見れば、「和漢三才図会」に万力と称せる釘抜が、縦い其図と些さか差うとも大体に於て一致して、近年迄信濃、陸中等に行われ、現今と雖も全く跡を絶ざるを知る。故に沼田君が万力の図説は決し ... » more
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熊楠の庭釘ぬきに就て(四)
釘ぬきに就て(四) (平瀬氏宛。長野県松本市清水町。木彫職。清水湧見氏状)小生知人の大工に尋ね候処御質問の如き釘抜有之、現に数年前迄使用致候由、名前は唯釘抜とのみ申候。使用法は如此(第三図)してコジル時はいかなる長大の物をも抜得るのみならず、全く是に依ざれ ... » more
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熊楠の庭釘ぬきに就て(三)
釘ぬきに就て(三) 此器方言コゼヌキ、釘をコジ揚て抜くの義、長さ二尺一寸の方柱形の鉄梃の頭尾に鋼を装える者にて、幅も厚さも平均七分乍ら、尾を急に三絃の撥様に広く薄くして、柱等をコジ起すに便にす。其頭部は全長の凡《およ》そ十分一を占め、前端に近づく程、微少乍ら漸 ... » more
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熊楠の庭釘ぬきに就て(二)
釘ぬきに就て(二) 考古学雑誌十巻五号二四二頁に、黒川君は※[#「土へん+蓋」、第3水準1-15-65]嚢抄を引て、釘抜なる造作具は足利時代用い初られたる様述られしも、実は其以前北条時宗執権の世既に用いられ居りしなり。吾邦に古く釘を抜く具|有《あり》し事は、「 ... » more
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熊楠の庭釘ぬきに就て(一)
過る大正四年三月二十五日白井光太郎博士紀州田辺へ来訪されし際、余の羽織の家紋、丸に釘貫なるを見て、奇遇も有る物なり、自分の家紋之に同じと拙妻に語られし由後日聞及び、博士へ書信の序でに此紋に就て述べたる大要は、「続群書類従」一二五所収小笠原三 ... » more
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熊楠の庭長崎の鯖腐り石
長崎の鯖腐り石 辰井君がこの話を、今まで何にも発表されないと言われたは誤りで、百八十九年のむかし、寛保三年成り、その翌、延享元年京都で板行された澀亭南溟著『続沙石集』三巻第六章に出である。「愚人、鯖を腐らしむること」ちう題で、本文は、「肥前国長崎より大村に ... » more
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熊楠の庭幽霊の手足印
『甲子夜話』続篇巻八五に、天保三年京都大仏開帳の時、「京都を通行せし者来たりたるに聞きしは、かの大仏の宮の殿内宝物を置きし間所々ある中書院の縁側幅二間長さ十間ばかりの所の板天障に血付きたる手の跡、足形またはすべりたるかと見ゆる痕あり。その色 ... » more
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予は支那の巫蠱術に、始終|沙翁《シェキスピア》のマクベス劇ごとく、蟾蜍を使うたと想わず。しかしその一派として、古来蝦蟆蠱が持続されたと信ず。また本邦平安朝や奈良朝の巫蠱術に、蟾蜍の有無を知らぬが、徳川氏の世に成った『倭訓栞』後編(持ち合わさ ... » more
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とっとのむかし東西とも、蟾蜍族と蛙族を確かに判別せず。ローマのプリニウス(西暦二三―七九年)は、蟾蜍(ルベタイ)を蛙の最大のものとし、その身、毒をもって盈たされ、種々と方術に用いられて、奇効ある由を述べた。支那には、比較的新字彙たる『正字通 ... » more
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欧州では、古来蟾蜍(ヒキガエル)を悪魔の権化として、魔法家の愛養使用するところとし、今日も、蟾蜍は毒を吐き、牛乳を毒し、牛の乳を出す力を減じ、家に入って不幸を生ぜしむなど信ずる者あり。巫蠱会には必ずこの動物が付き添いおる。唐の陳蔵器いわく、 ... » more
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南宋の洪邁の『容斎随筆』五にいわく、「成周の世、中国の地は最も狭く、今の地里をもってこれを考うれば、呉、越、楚、蜀、※[#「門<虫」、第3水準1-93-49]はみな蛮となし、淮南《わいなん》は荊舒となし、秦は戎となす。河北の真定・中山の境は ... » more
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最終更新日: 2016/11/13 06:56

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