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源頼朝

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テーマ「源頼朝」の記事を新着順に表示しています。(1ページ目)

【敗者烈伝 番外・勝者編】〜源頼朝 大政治家に「恐妻」の墓穴 作家・伊東潤 産経新聞で作家の伊東潤さんが日本史の敗者に光を当てる素晴らしい歴史エッセーを連載しています。「極めて慎重で冷酷非情な男」という一般的な源頼朝のイメージは、京都神護寺に伝わる「伝源頼朝像」に拠(よ)るところが大きい。昨今は諸説あるもの ... » more

佐奈田与一を討ったのは誰れ ・・・ ♪ 久しぶりに石橋山を訪ねてみました。相模湾をはさんで 江ノ島鎌倉方向がきれいに望めます。ちなみに、横浜ランドマークタワーも望めます ♪先日、佐奈田与一を討ったのは長尾台の長尾定景!という記事を書きましたが、実は、こ ... » more
テーマ 源頼朝 石橋山 歴史散歩

長尾台の ・・・ 長尾定景が見せてくれたもの ♪ 石橋山の合戦で頼朝側の「佐那田与一義忠」を討ち取った人物と、大イチョウの前で源実朝を殺害した「公暁」の頸を取った人物は同一人物。それがまさに長尾台の長尾定景です。・・・ というわけで、昔の写真を探すより行った方が ... » more

大庭 ・・・ 散歩 ♪ (大庭城址編) 辻堂駅から北へ約3km、引地川を遡ったところに小高い山があって、車で通る人なら 『こりゃぁ、城跡だな!』と必ず思うようなところが、大庭城址公園です。この地は、あの右目を射られながらも奮闘した鎌倉武士の鑑鎌倉権五郎景政が開発し ... » more
テーマ 藤沢 源頼朝 大庭

辻堂は不思議な町。。。東海道線の藤沢と茅ケ崎に挟まれた辻堂駅は、止まらない電車の多い駅です。湘南新宿ライン『特別快速』は止まりませんが『快速』は止まる。快速アクティーも通勤快速も辻堂は止まらない・・・・??・・・ ... » more
テーマ 藤沢 辻堂 源頼朝

868年前の今日、源頼朝が生誕。ホントに頭が大きかったの? ●●●●●★歴史★●問題:久安(きゅうあん)3年(1147年)の今日、5月9日。源頼朝が生まれたそうです。お父さんは源義朝(よしとも)。平治元年12月9日(1160年1月19日)に始まった平治の乱で敗れ、落ちのびる途中で殺された人らしい ... » more

<源頼朝の落馬事件>・「ベルサイユの薔薇」の落馬事件をネットで調べて行くと、源頼朝の落馬に出くわしました。・源頼朝は、鎌倉幕府の初代征夷大将軍です。・1198年(建久九年)12月27日、武蔵国稲毛を領していた稲毛重成が、亡き妻の ... » more
テーマ 源頼朝 落馬事件

日本史の「トホホ」11 情けは怨みと復讐に 平清盛(1118-1181年)は、「平治の乱」(1159年)で長年のライバル・源義朝(1123-1160年)を倒し、この時点で義朝の遺児、頼朝・義経兄弟をも手中にしたのですから、当時の常識からすれば、この両人を早々に「殺して」お ... » more

日本史の「忘れ物」17 義経の常識のかけら その多くはドラマなどで創られたものでしょうが、現代人が抱く平均的な源義経(1159-1186年)のイメージといえば・・・頭も良くイケメン、かつ天才的な武将、さらには運動神経も抜群で、その上に悲劇性も漂わせた超スーパーヒーロー・・ ... » more

日本史の「デジャヴ」07 潰された”源氏返り咲き” 「源氏」や「平氏」は、この頃の朝廷側から見れば、十把一絡げの「穢れた武士」ということになりますが、そのご先祖を辿るなら、実は「天皇家」の出身です。そんな微妙な立場にあった中で、「平氏」の平清盛(1118-1181年)が、平安 ... » more
テーマ 源頼朝 足利義満 平清盛  コメント(4)

スポーツ&etc漫遊記ぶらり西鎌倉
ぶらり西鎌倉 西鎌倉に行ってきました。スタートはやはり鎌倉駅です。佐助稲荷神社。佐助稲荷神社は、銭洗弁天と共に源頼朝の夢枕伝説に由来します。小さな社殿前の赤い柵には頼朝の出世と幸運にあやかった開運祈願の絵馬のほ ... » more

源頼朝もタジタジで逃げ込んだ洞窟! 追う者!逃げる者!必死の攻防の戦国の世を今に伝える!  真鶴半島に今も残る「しとどの窟(いわや)」真鶴・貴船まつりの時に行って来ました。1180年、平家打倒の兵を挙げた源頼朝ですが、石橋山合戦では大敗を喫します。頼朝は主従わずか7名で山中に逃れ、この「しとどの窟(いわや)」に逃げ隠れたという ... » more
テーマ 源頼朝 しとどの窟 真鶴

駅長が選ぶ御殿場の隠れた名所100選(その4)〜今日は「ヤバい」ぜぃ〜/大野原記念宏園 今日の富士ちゃん(宏園そばにて・10:00頃・キレイなので拡大可)ネットで検索しても「まず」出てこない公園です。ココですよココ!!大きい石碑。おそらくカレを称えての事だと思うん ... » more

頼朝の足跡をたどって ・・・ 真鶴の しとどの窟(いわや) ♪ 湯河原町と真鶴町の『しとどの窟 本家争い』がずいぶんと懐かしく感じます。真鶴港の遊覧船乗り場から、くるっと振り返って山側を見れば、そこです。こんなに小さな窟(いわや) ちゃん ... » more
テーマ 源頼朝 鎌倉 真鶴

いざ鎌倉!! 鶴岡八幡宮参詣 いざ鎌倉!!最近の政治状況は、このような雰囲気を呈しているのではあるまいか。国民が政権交代で託した民主党政権が見事に国民の意思を裏切り、消費税増 ... » more

日本史の「デジャヴ」03 暗殺疑惑編 どちらも「暗殺」だったと受け止めた方がお話のスジが通る気もするのですが、公式にはどちらも「そうではない」ことになっていますので「疑惑」という言葉をつけ加えています。その暗殺?の犠牲者は天智天皇と源頼朝です。もし「暗殺」だ ... » more

日本史の「女性」05 幼な姫のトラウマ 亡くなったのは二十歳、現在の数え方なら十九歳です。父は源頼朝、母は北条政子、その長女・大姫の二十歳の死の責任は、父親・頼朝が負うべきかもしれません。それは、こういうことです。「源氏」の中での主導権争い、頼朝は木曾義仲(頼 ... » more
テーマ 源頼朝 木曾義高 大姫  コメント(2) トラックバック(1)

日本史の「迷宮入り」02 黄金ネコババ事件 よく知られた「史実」の中にも、何かしら忘れ物をしたような感じの「出来事」があります。たとえば、「AとBが・・・」の部分で切れてしまって、この後が何なのか不明なままの感じ。で、AとBが一体どうしたのだ!「転んだのか?それとも豆腐で ... » more
テーマ 奥州藤原氏 源頼朝 金色堂  トラックバック(1)

日本史の「女性」01禅尼の動機 平清盛は敵軍大将・源義朝の息子である源頼朝を捕らえた。このとき頼朝13歳、数年後には青年に達する年齢である。であれば、将来の禍根を残さないためにも、即「始末」しておくのがこの時代の常識だ。だが、頼朝は殺されなかった。〜頼 ... » more

「歴史の宝庫」散歩コース 拙宅から散歩セカセカ15分のところに「熱田神宮」がある。この熱田神宮周辺は、実は「日本史」の宝庫なのだ。あまり自慢するのも嫌味になるから、そこはぐっとこらえて控え目なご紹介に留めておこう。その熱田神宮境内で一番大きな楠の ... » more
テーマ 源頼朝 熱田神宮 七里の渡し  トラックバック(1)

ヤジ馬の日本史〜捜索の代償〜
源氏は「三種の神器」を、平家(安徳天皇)から奪い返す必要があった。これを手に入れることで、後鳥羽も「神器無き天皇」の汚名をそそぐ゙ことができ、その正当性を主張できるからである。その意味で、壇ノ浦の戦いは「三種の神器」の争奪戦だっ ... » more
テーマ 源頼朝 三種の神器 後鳥羽天皇  トラックバック(1)

ヤジ馬の日本史〜四人目の英傑〜
地元のお祭り(名古屋まつり)の一番の目玉は、信長・秀吉・家康「三英傑」のパレード(郷土英傑行列)であるが、実は、もう一人郷土生まれの「英傑」がいる。地元の人にもなぜかあまり知られていないようなのだが、その ... » more
テーマ 三英傑 源頼朝 熱田神宮  コメント(1)

頼朝の足跡を訪ねて ・・・ 熱海・頼朝公の一杯水 ♪ 頼朝がまだ流人(るにん)であった頃、頼朝は平家方・伊東祐親(いとうすけちか)の娘と仲良くなり、懲(こ)りずに逢瀬に逢瀬を重ね、当たり前のように発覚・・・!祐親から命をねらわれ、伊東を一時逃げ出しました。目的地 ... » more

本郷の本はおもしろい。これこそ実証を重視しながら、自らの歴史像を打ち立てようという意欲に燃えている本だ。本郷も「歴史学とは、一方では史実の確かさを、飽かず検証する振る舞いである。それと同時に他方では、大きな物語の構築に向け、史実の独創的な組 ... » more
テーマ 源頼朝

頼朝の ・・・ 気持ち ♪ 修善寺にある、源範頼の墓。何年か前に土台の部分がコンクリートで固められています。やや悲しい感じです。範頼は、頼朝の異母弟ですね。義経とともに数々の功績をあげましたが・・・結局は、頼朝に信頼されることな ... » more

修善寺に ・・・ 秋を訪ねて ♪ なにやら騒がしい鎌倉から離れて、秋色の修善寺を訪ねてみました。修禅寺本堂梵鐘これは独鈷の湯公園で見かけた看板です。なにかお祭りでもあったのでしょうか?今や、すっかり修善寺の顔となられた、切 ... » more

頼朝の足跡を訪ねて ・・・ 修善寺 編 ♪ ふらっと、修善寺まで足を伸ばしてみました。まず、この写真で次々に疑問がわき上がってきませんか源 範頼(みなもと の のりより)も、源 頼家(みなもと の よりいえ)も、なぜ?この修善寺で死に、な ... » more

頼朝の足跡を訪ねて ・・・ 仁右衛門島編 ♪ 千葉県鴨川市にある、名勝(?)仁右衛門島を訪ねました。・・・と言っても、島のそばまでで、島へは渡ってません(><);1180年(治承4)石橋山の戦いに敗れた源頼朝(よりとも)が安房(あわ)へ逃れた際、島の ... » more

誰でも知っていることですが、鎌倉幕府を開いたのは源頼朝です。しかし、鎌倉幕府の滅亡は源氏の滅亡ではなく、北条氏の滅亡でした。頼朝の死後ほどなく、鎌倉幕府の実権は北条氏の手に渡り、それは幕府の終焉まで続きました。この源氏から北条氏への権力移行 ... » more
テーマ 北条高時 源頼朝 北条泰時  コメント(3)

小袋谷 ・・・ 成福寺(じょうふくじ) ♪ 大船から、電車で北鎌倉へ向かって走り始めてすぐ・・・車窓左手に見えるお寺です。鎌倉唯一の浄土真宗のお寺らしく、笠智衆さんのお墓があることでも知られています。笠智衆さんは、生前大船にお住まいでした。 ... » more

 

最終更新日: 2016/11/11 09:35

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