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テーマ「礼拝メッセージ」の記事を新着順に表示しています。(1ページ目)

オープン礼拝 2016/07/10 暑い毎日ですね、お体、気をつけて下さい。随分経ってしまいましたが、7/10(日)はオープン礼拝でした。ゴスペルグループによるゴスペル賛美が素晴らしかったです。初めての方や普段来られていない方も来られて一緒に礼拝出来て、とても ... » more

人は至る所で自分の正しさを振りかざす。だが、必ずしも「正しさ」が解決になるとはかぎらない。むしろ、人を傷つけることもある。また、人の正しさのぶつかり合いが新たな争いを生む場合もある。これが人の世の正しさの限界です。ヨセフ ... » more

2015/11/22 オープン礼拝 昨日、オープン礼拝をしました。普段教会に来られていない方も来て下さって、一緒に礼拝の時を持ててとってもうれしく、素晴らしい時を過ごせました。聖書のお話は以下の詩編55:23より「神様にお任せ」とのタイトルで生武嗣幸牧師よりわかりやす ... » more

『見よ、わたしは戸の外に立って叩く。誰でもわたしの声を聞いて戸を開けるなら、わたしは彼の所に入って彼と共に食事をし、彼もわたしと共に食事をする」(20)。これは復活の主の言葉です。「見よ」は「ほら!」と同じく注意を促す言葉です。主は気を ... » more

ヨブは信仰も道徳面も正しく完全で、その上、莫大な富を手にする三拍子揃った理想の人物です。だが突然、次々と苦難に遭い、家族も財産も失い、健康まで失う。ヨブ記は「義人がなぜ苦難に遭わねばならないのか」という問いを提示しています。ヨブ記に万人 ... » more

風に吹き飛ばれるもみがら人生と、何をしても幸せの満ち足りた人生が対照されている。どんな人でも悲しみ、嘆き、苦しみ、死んで行く。なのにどうしてこうも違うのか。私たちにはその選択の自由が与えられている。どのような人が幸せか、聖書は「悪者のは ... » more

努力が実を結びにくい社会を背景に、運命を信じる人は努力以上の何か、「運」が必要だと考える。だからパワースポットや風水に凝る。しかし、運命を信じすぎると努力が無意味に感じられ、端から努力しようとしない。結果、自暴自棄に陥って破滅的に生きたり、 ... » more

主イエスが十字架を前にした最後の晩餐で、最後の譬えとして語られたのが、ぶどうの木と枝の譬えです。主は真っ先に「刈り込み」について語られました。刈り込みと聞くと、私たちはすぐに苦痛や試練を連想するかもしれない。だが、主はその目的は枝がより ... » more

ネヘミヤは一信徒でしたが、エルサレム復興が停滞していることを知って心痛めて祈りました。そして、与えられた志に従い、ペルシャ王の献酌官という要職を辞して帰還することを王に願い出ます。神は王の心にも働きかけられて、ネヘミヤを総督として故国へ遣わ ... » more

神によって霊を奮い立たされたペルシャの王クロスにより、イスラエルの民はエルサレムへ帰還する。神の約束通り、70年に及ぶバビロンの支配から解放され、彼らもその霊を奮い立たされて旅立った。神は歴史に働きかけ、苦難をも乗り越えさせてくださるお方で ... » more

息子は父に遺産の分け前を願った。遺産は父が死んで手にするもの。だからこれは息子にとって父は死んだも同然ということ。ここに人間の罪の姿がある。私の体、私の時間、私の能力、私の命、私の、私の…。神から預かっているにすぎないものをそう主張する。神 ... » more

南ユダ国のアサ王は、北イスラエル国が攻め上ってきた時、北の同盟国アラムに金品を贈り、裏切らせて北に攻め入らせ、戦わずしてこれを退けた。だが神は予見者ハナニを遣わし、アサ王の心が神に拠り頼まず、アラムに拠り頼んでいだことを指摘する。これを聞い ... » more

イスラエルの民は、天よりの火をもってバアルの預言者との戦いに勝利を得させてくださった主なる神に立ち返る。だがバアルを崇拝する王妃イザベルは怒りに燃えて一層の迫害を宣言する。エリヤは落胆し、途方にくれて主に死を願った。主はまず彼に食事を摂 ... » more

「人はうわべを見るが主は心を見る」と神は仰せられ、次の王にダビデを選ばれた。その彼の心は…。@臨在の主を仰いでいた。全イスラエル兵が大男ゴリヤテを恐れる中、少年ダビデの心だけは臨在する万軍の主に集中していた。敵の戦力を的確に分析しつつ、 ... » more

「信じます。不信仰な私をお助けください」(24節)。ここに私たちが習うべき真実な信仰告白がある。こう告白した父親には病める息子がいた。父親は「私たちを助けてください」と主イエスに願い出た。彼の信仰は立派です。カナン人の母親も娘の癒しを主 ... » more

ルツ記は士師時代に、モアブ人の女性ルツと姑ナオミとの血縁を越えた美しい嫁姑物語です。また、ルツと新しい夫ボアズとの出会いから結ばれるまでを描いた麗しい物語です。しかし、それ以上に重要なことが記されているからこそ、聖典に加えられた。第一に ... » more

「わたしの目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」。これがあなたに対する神のメッセージです。神のかたちに似せて造られた人間は、本来、神の語りかけを聴き、応答して生きるすばらしい存在だった。人はパンだけで生きるのではない。心の糧 ... » more

ソムソンは母の胎にいる時から、ナジル人(主に聖別された者)とされ、授かった怪力でペリシテ人の手からイスラエルを守っていた。だがそんな英雄にも異性という弱点があった。自分を愛していないデリラに夢中になり、髪の毛を切ったことがないという怪力の秘 ... » more

ヨシュアは40年間モーセに仕え、脇役に徹してモーセの活躍を助けた。それは後に、彼が指導者として活躍する上で必要不可欠な訓練だった。神は私たち各々にも計画を持っておられ、ご訓練なさる。だから目の前の出来事に一喜一憂せず、目の前の困難に屈して自 ... » more

ペンテコステの聖霊降臨により教会が誕生した。それゆえに聖霊降臨を教会的な一度きりの出来事と捉え、教会全体がすでに聖霊の恵みを頂いていると考えるのは不十分です。主イエスは「あなたがたはわたしの証人となる」と宣言された。それには証人とする力、つ ... » more

ダビデ王の系図で始まる『マタイの福音書』は、「旧約聖書の成就」が繰り返され、奇跡集と呼ぶほど多くの奇跡が記されている。これは主イエスが旧約聖書に約束された救い主なる王であることの強調です。その全宇宙の王なるキリストが、私たちを真の安息へ ... » more

モーセは天に召される直前、イスラエルの民を祝福して言った。「主に救われた民。誰があなた方に比べられようか」(33章29節)。そう言うのも無理はない。全宇宙の創り主、主権者なる神が、チリにすぎないあなたを選んで「ご自分の宝の民とされた」のです ... » more

「あなたがたの神、主であるわたしが聖であるから、あなたがたも聖なる者とならなければならない」(2節)。神がご自分の民に求めておられる「聖さ」とは、具体的にどういうことかが、ここには記されています。私たちの問題意識は、教会での自分の姿勢や ... » more

過去、現在、未来にわたって人間に目を留め、導かれる神は、私たちの悩みや苦しみをご覧になり、その叫びを聴いてご自分が選んだ者をお遣わしになる。つまり今も神は苦しむ者の痛みを知っておられ、先に救われた私たちを選び、遣わされる。これが礼拝における ... » more

愛なる神は、愛と祝福の対象として私たち人間を神の形に似せて(神に応えうる霊性・人格性・創造性を備えた存在として)創造された。そして、人が神と共にある場として、あらかじめ天地万物を完成された。だが人は神に背を向け、自分を神(中心)とする罪を犯 ... » more

復活された主が弟子たちにそのお姿をはじめて現した時、開口一番語られたのは、「平安があなた方にあるように」でした。これが死を打ち破り、贖いの御業を完成された主イエスの私たちへのメッセージです。私たちの人生には様々な不安や恐れがある。孤独も ... » more

長時間に渡って苦しみを与え、晒し者にするために考案された十字架刑。この恐るべき処刑の道具が神の愛のしるし、人類救済の御業、神の栄光の象徴となるとは誰も思わなかっただろう。主イエスは激しい苦しみに耐えながら、必死で述べられたのが「わたしは ... » more

主イエスはローマ兵へ引き渡された。数百人の兵に囲まれて暴行を受け、罵られ嘲られ、散々弄ばれた上で十字架を背負わされ、ゴルゴダへと向かう。だが主の体は限界に達していた。夜通しの取り調べ、鞭打ちで肉は裂け、多量の出血。兵によるいたぶり。加えて重 ... » more

主イエスが捕らえられた際、弟子たちは主の執り成しで逃げおおせた。しかし、ペテロともう一人の弟子は引き返して後を追い、主が尋問されてる大祭司の庭へ入る。ペテロはそこで火を囲むグループに加わり、「一緒に立って暖まっていた」。これは私たちの姿でも ... » more

ゲッセマネ(油絞り)の園で主イエスは、悲しみ苦しみ悶えて祈られた。「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください」(マタイ26:39)。その ... » more

 

最終更新日: 2016/11/10 15:37

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