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テーマ「ブルガリア」の記事を新着順に表示しています。(4ページ目)

40番目の偉人は、この百選の中では異例な非インテリで、小アジア半島を放浪したような、どうやら放蕩癖もある、お調子者の革命家であるGeorgi Benkovskiだ。日本で言えば、戦前の大陸浪人のような人物と言えば分り易いかも。とはいえ、 ... » more

NeofitBozveliに関する、その二です。上記の記述よりも時系列で、しかも内容豊富です。◎『15—19世紀の著名人』に基づき、更にNBの人物像につき追記(1)出自、綽名、教育初期のNBに関するデータは少 ... » more

39番目の偉人は、Neofit Bozveli・・・Bozveli(トルコ語で、規律に従わない破戒僧と言う意味だという)と言う不思議な綽名を持つ僧侶の話です。僧侶で、俗人教育に力を注ぎ、Svishtov町を有名な教育センターに育てます。しか ... » more

7月末にブル政局に関し記事を書いて以来、ブル政局の流れに関しては放置し、書いていないのですが、偉人百選の執筆に忙しく、こちらの方は少しお休みとしていました。今回は、世論調査結果が出て、議席数などもある程度見えてきたので、以下に総選挙結果 ... » more

さて、今回は、Nayden Gerovに関する、その二です。◎Nayden Gerovに関する追記上記以外の情報源から、更に下記に追記しておく。特に★★では、なかなか面白い事実(波瀾万丈の人生)が満載だ。★Gaberof ... » more

38番目の偉人は、ナイデン・ゲーロフと言う人物で、留学そのものは5年程度ですが、この期間にロシア国籍を得た。その後クリミア戦争時には、Plovdiv市のギリシャ系市民らから攻撃され、トルコ政府もロシア国籍を持つ同人を国外追放処分としたので、 ... » more

さて、今回37番目の偉人は、19世紀当時としては全く珍しいことですが、米国留学して米国式の思考方法を身に着けて帰国し、帰国後は若干オカルト的な新興宗教を開発し教祖となった人物です。信仰内容そのものは、キリスト教系の新興宗教と見えます。とはい ... » more

キモン・ゲオルギーエフは、36番目の偉人ではあるが、これまでの偉人達とはすこぶる異質の、謀略を専門とした不可思議な人物だ。そもそも、20歳で士官学校を卒業し(1902年、20歳)、その後は2度のバルカン戦争と第1次大戦に参加(1912--1 ... » more

35番目の偉人は、ドラガン・ツァンコフといいます。この男は、83歳という当時としては異例な長寿を全うした人物ですが、他方政治家としては、結構ふら付いて、異端・極端方向に走りました。そもそも、ブル教会の独立のために、カトリックとの ... » more

34番目の偉人は、ディミータル・ブラゴーエフです。社会主義時代には、ブル共産党の創設者として、9月9日の革命記念日における集団行進の際には、1番目に肖像画が登場する人物でした。2番目がGeorgi Dimitrovで、3番目がTodor Z ... » more

33番目の偉人は、ペトコ・カラヴェーロフです。この人物は、政治手腕にも優れていたほか、見識、政見にも一貫性があり、19番目の偉人St.Stambolovと同じリベラル党の指導者として、活躍しました。あるいみ、スタンボローフ政権の準備をしつつ ... » more

今回32番目の偉人は、Neofit Rilskiという基本的にはRila修道院を本拠とした僧侶です。この人物は、僧侶としての出世と言う視点では、最後にRila修道院の大修道院長となったくらいで、主教、府主教などの位階には就いていません。むし ... » more

31番目の偉人は、マーリン・ドゥリーノフという歴史学者です。1838年10月生まれですが、1858年以来ロシアに留学し、その後は著名ロシア貴族夫人に気に入られて家庭教師となり、子供らを教えると同時に、この一家に付き添って1865--70年の ... » more

暑い夏の日が続き、小生も毎日は散歩に出る勇気も失せました。その分、この偉人伝は次々に完成しているのですが。さて、30番目の偉人は、Petko Slaveykovです。オスマン統治期末期のブル民族としての自覚、そして民族解放運動に向けて、 ... » more

29番目の偉人は、ドイツのヘッセン州出身のアレクサンダル・バッテンベルク(Aleksandqr Batenberg)公です。ア公は、22歳の時、親しくしていた叔父にあたる露皇帝Alexander IIの推奨を受けてブル公として派遣されてきま ... » more

27番目の偉人は、V.Levski、H.Botev、S.Stambolov、Z.Stoyanovらの少し先輩として、民族解放闘争の理論構築に励み、新聞を発行して対オスマン革命闘争を扇動したリューベン・カラヴェーロフです。本人は、「革命闘争」 ... » more

第27番目の偉人はYosif総主教代理です。この項で作者たちは詳しくは言及していないのですが、19番目の偉人Stefan Stambolovのところで述べたように、Yosifこそは、スタンボローフの漸進主義に同調し、ス首相と同盟を組んだ ... » more

26番目の偉人は、ア・スタンボリースキです。第1次次大戦後には、世界中でボリシェヴィッキ革命、社会主義への期待が高かった時期ですが、工業化が遅れ、工場労働者が多くは無く、むしろ小規模農民(日本と異なり、土地がやせていて、雨も少なく、気候も涼 ... » more

25番目のブル歴史の偉人は、Georgi Dimitrovです。社会主義時代のブルでの生活を体験した小生としては、毎年ディミートロフ廟前で行われた9月9日の「革命記念日」の行進行事が、それなりに記憶に残っている。資本主義国の物質的繁栄を ... » more

24番目の偉人は、現在ギリシャ領となっているブル人町Kukush生まれの英雄ゴーツェ・デルチェフです。本人自身は「ブル人」と意識し、マケドニア地方を最終的にはブル国と併合することを夢見て、組織作りに奮闘した人物なのですが、歴史の皮肉と言うか ... » more

23番目の偉人は、第1次大戦後に即位し、第二次大戦中に、ヒトラーとの会談後の心労を元に死亡したと言われるボリス3世王です。1918年に即位したが、第1次大戦で経済的に疲弊し、領土的な夢も壊滅したブル国内では、農民党的共和主義、ファシスト系右 ... » more

22番目の偉人は、まだブル国の王たちが遊牧民風のハーンという呼び名で呼ばれていた、ブルガール族君主の統治時代に、ブル第1次王国の中央集権体制、行政機構、法律などを整備し(もちろん、未だに初歩的段階で、例えば、対ビザンツ戦でクルムが率いた軍隊 ... » more

今回21番目の登場は、エフティミー総主教という、ブル第2次王国期にブル国が保有していた総主教座の最後の長となった人物です。生年月日、死亡年月日、ともに確かなところは不明ですが、恐らく下記のような生年、没年と想定すると、75歳という、中世期と ... » more

偉人百選の20番目は、Karavelovの新聞記事に感動し、民族解放闘争にStambolov配下として参加し、解放後もStambolov政策を支持する新聞論調で、裏から支えたほか、ブル公国と東ルーメリアの2つのブル国を合併する際には、東ルー ... » more

偉人百選の19番目は、小生自身が昔から尊敬してきた近代ブル国家をほぼ一人で基礎固めをしてしまった天才政治家のステファン・スタンボローフです。バルカン半島に多く輩出する、独裁ワンマンタイプの政治家でもあるのですが、とはいえ、後世の歴史家らもこ ... » more

偉人百選の18番目は、Ivan Aleksandqr王です。第2次ブル王国末期のブル王で、当初は、ビザンツ皇帝軍を壊滅させるなど、軍事的才能も発揮するし、伸び盛りの西の王国セルビアのStefan Dushanには、妹のElenaを嫁がせ ... » more

偉人百選の17番目は、キリスト教ドグマが一番盛んなはずの中世期に、突如ブル国内から出現した異端派信仰を創設したとされるボゴミール神父です。ブルではキリスト教受容が864年で、10世紀の当時は、国家によるキリスト教受容決定後まだ半世紀で、 ... » more

偉人百選の第16番目です。オスマン統治期の晩期に、現在はマケドニア共和国領西部にあるStruga町の陶工の子息として生まれた兄弟(とはいえ、年齢差は20歳もあった)が、ブル人文化人としてのナショナリズムに覚醒して、マケ各地で行われ始めて ... » more

偉人百選の15番目です。カロヤンという名称は、あまり日本人には馴染みがない(養毛剤はあるが)けど、ブル出身の琴欧洲関の本名と言うことでは知られています。また、ブル第1次王朝の始祖だったPetqrとAsenの兄弟の3番目の弟で、しかも、バ ... » more

偉人百選の14番目です。サムイル王に関しては、隣国マケドニア共和国の捏造の歴史(旧ユーゴ時代のチトーによる捏造史観のたまもの)では、マケドニア王朝の始祖と位置づけされているらしいが、本当は以下に記す通り、ブル第1王朝期に最後の奮闘ぶりを ... » more

 

最終更新日: 2016/11/22 15:09

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