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生きるということ

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テーマ「生きるということ」の記事を新着順に表示しています。(3ページ目)

再生への旅遠いから歩く・再掲
遠いから歩く・再掲 雪割草ひとりしづかに傷ついて玉宗「遠いから歩く」これは私が能登半島地震に遭い伽藍を全壊し、再生への歩みを始めるにあたって掲示板に書き出した覚悟の言葉だった。この言葉は私が創り出したものではなく、以前どこかで出会っ ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景

再生への旅東日本大震災忌・再掲
東日本大震災忌・再掲 雁風呂や海に希望があつた日の玉宗東日本大震災から五年が経過した。地震と大津波によって福島はもとより、宮城、岩手の各県には壊滅的と言っていい被害を受けた地域がまだまだ多くあることを報道によって今年もまた改めて知らされる。そ ... » more
テーマ 生きるということ 私の風景 禅のことば

今日の木偶の坊・大愚良寛の韜晦 パンジーの裏が表であるやうな玉宗能登も漸く春めいてきた感がある昨日今日。ものの目や草萌が目に付くようになった。風もなんとなく軽々しい。今月13日は興禅寺の涅槃会。前日には檀信徒が寄って涅槃団子作りである。二月は旧輪島市内 ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 禅のことば

再生への旅親子の世界
親子の世界 親離れ子離れ月も朧なる玉宗弟子は今春で5年目の僧堂生活に入ろうとしている。目と鼻の先にいるとは言え、近くて遠い結界がある。一期一会の今生で、親子となり師弟となった縁。互いを思いやることは出来るが、それぞれを代って生き ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 私の風景

今日のビックリぽん・ある仏弟子の憂鬱?! 外にも出て遊べとばかり桃の花玉宗今日は永福寺の涅槃会法要であった。三寒四温の今日この頃、寒い一日ではあったが例年になく多くの参詣者で賑わったことである。いささか、ビックリぽん。三宝の鼎でもある檀信徒。多くの人にご ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 禅のことば

再生への旅自灯明の人生
自灯明の人生 春愁ひ日は雲中に鬱々と玉宗「みづからを知らむとするは生きるものの定まれるならひなり」初めてこの言葉に接した時、雲水であった私は、それまで迷いぬいてきた人生の歩みが肯定されたとまでは言わないが、曲りなりにも無駄では ... » more
テーマ 生きるということ 私の風景 禅のことば

拝啓、良寛様・「なほざりに生きる」 ポケットの中は淋しき春の雲玉宗「等閑・とうかん」一般的には「なおざり」と読むのだろうし、 いいかげん、本気でない、おろそか、といった意味合いで受けとられ使用されているのだろう。ところで、この言葉は良寛様の詩に ... » more
テーマ 生きるということ 拝啓、良寛様 禅のことば

鳳来山永福寺晋山記念事業勧進 見えずとも仏へつづく雪のみち玉宗鳳来山永福寺晋山記念事業ご案内永福寺(鳳来堂)は昔より霊験あらたかな観音霊場、地蔵尊の祈祷寺として多くの信仰を戴いてまいりました。約百年前に門前総持寺膝下にあった永福寺が輪 ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 私の風景

今日のお疲れ様。時は遠近にあらず これやこの加賀の春雪侮るな玉宗今日は節分。例年になく比較的寒い寒中ではあったが、お蔭さまで寒行托鉢も無事やり遂げることができた。明日は立春。暦の上とは言いながらも、なんとはなく気分が軽くなる。空の色にも風の色にも、節分を ... » more
テーマ 生きるということ 私の風景 禅のことば  コメント(1)

再生への旅年季がものをいふ?!
年季がものをいふ?! 明日もまた生きるつもりの火を埋む玉宗教員を長く勤めてこられた檀家さんが九十四歳で亡くなった。正直とっつきにくい人ではあったが、ときに屈託なく笑う顔が印象的ではあった。どうしたらこの笑顔を向けてもられるようになるのだろ ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 私の風景

今日の衆善奉行・人生というわが山河 ゆきづまるとは如何にも陳腐冬木の芽玉宗人生を山河に喩えることがある。山あり、谷あり、順風、逆風、運不運、紆余曲折、四苦八苦、生老病死、出会い別れ。それらは「縁」ということばでひっくるめることもできよう。人生とは「縁」を生 ... » more
テーマ 生きるということ 私の風景 禅のことば

再生への旅今日の禅語・担雪塞井
今日の禅語・担雪塞井 屠蘇酌むやその日暮らしの目出度さの玉宗さて、神社仏閣にはご多忙にして、てんてこ舞いといったところも多い年始年末であろう。わが自坊のような骨山であっても、小は小なりに準備万端で事に当たるように心掛けている次第。それは参詣者への ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 禅のことば  コメント(1)

今日の不昧因果・天中殺ってどうよ?! 少しづつをかしくなりぬ初昔玉宗謹賀新年平成二十八年申歳元旦あけましておめでとうございます。昨年は公私に亘りお世話になりました。本年も変わらぬご厚誼のほどお願い申し上げます。移りゆく世相の中で、 ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 私の風景

今年一年をふり返って・その2、お寺のことなど 餅の上に餅を重ねてめでたさよ玉宗さて、お寺の今年一年を振り返ろうか。といって格別のこともなかったと言えば言えなくもないが、無事に一年を過ごせたことがなによりではある。恒例行持も例年通りに執り行なうことができた。それも ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 私の風景

わたしは実用的ではありません?!再考 父の座に父のをらざるクリスマス玉宗今更の話でなんであるが、お坊さんとか住職の社会的役割、存在意義、立ち位置といったことについて再確認しておきたい。ざっくり言わせてもらうが、全ては先ず、お釈迦様が諸行無常の現実を如 ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 私の風景

今日の無分別・行き詰まりというステップ 行き詰るとは如何にも陳腐冬木の芽玉宗われながらつくづくと思うのであるが、行き詰まるということの真相に思いを致すと、どうもそこには詰め込み過ぎた分別知がぎゅうぎゅう詰めで、にっちもさっちも行かなくなったわが器の小ささを痛感 ... » more
テーマ 生きるということ 世相・時事 私の風景

今日の一期一会・家族という縁 楪を分けてもらひぬ今年また玉宗主人の母親である姑が亡くなった。夫である主人は既に数年前に他界しており、姑は嫁と暮さず娘夫婦のところで世話になっていた。嫁には二人の成人した子供がいる。姑にすれば嫁は他人であるが孫は血の通っ ... » more
テーマ 生きるということ 世相・時事 お寺の風景

今日の大悟大迷・迷いと悟りは五十歩百歩?! さざんかの花の面影ほのかにも玉宗上堂。挙。僧問京兆華厳休静禅師、大悟底人却迷時如何。休静云、破鏡不重照、落花難上枝。 師云、永平今日入華厳之境界、廓華厳之辺際。事不獲已、鼓両片皮。或有人問大悟底人却迷時如何、只向 ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 禅のことば

今日の無分別・お坊さんという生き方 謎解けぬまゝに老いたる木の実かな玉宗「おじいちゃんはどうしてお坊さんになったの?」今年7歳になる孫がこのような質問をするようになったことに些か驚かされた。分別が付き始めているのだと思うわけである。「どうして?」「なぜ ... » more

いのちの尊厳・欲望を越える先に見えるもの さざんかの花の輪廻やとめどなく玉宗眼前に展開する生老病死があります。それは私の外を向いた目に移った諸行無常の有り様でもあります。ところで、目はなぜ外を向いているのでしょうか?内なるものが見るに値しないからでしょうか。 ... » more
テーマ 生きるということ 世相・時事 禅のことば

今日の三界唯心・世界は広いのか狭いのか? 寄り添へばなにか始まる冬日向玉宗地球、そして人類の21世紀。科学や情報の進歩により、世界は愈々狭くなり、謎が解体され、永遠というまなざしを失くしてしまったかのようである。我々は自らが果敢無い細胞の集合体に過ぎないこと ... » more
テーマ 生きるということ 世相・時事 禅のことば

再生への旅いのちの土俵・煩悩即菩提
いのちの土俵・煩悩即菩提 棺桶に敷くほど落葉掻き集め玉宗現代でもお坊さんが妻帯することに対して率直に違和感を抱いている方々が少なくないようである。お坊さんの中にもいるだろうし、又、妻帯を正当化するために宗旨を改変したような宗派も存在している。そこには ... » more
テーマ 生きるということ 世相・時事 禅のことば

今日の諸法実相・神に見放された存在 この先を行けばお終ひ散紅葉玉宗さて、還暦となって二日目の朝が明けた訳であるが、思えば、生れ故郷より他国で生きてきた歳月の方が倍ほども長くなっていた。二十歳を過ぎてまもなく、北海道を後にして「内地」に出てきた。出家までの紆余曲 ... » more
テーマ 生きるということ 世相・時事 私の風景

今日の諸行無常・還暦という初心 うつろなる冬大空のあかるさよ玉宗ひとには年齢に応じた初心がある。初身がある。今を限りとしたが永遠がある。いつ生まれたとも知れぬまま、11月16日が誕生日だといわれ続け、振り返れば、あっという間の六十年。あってない ... » more
テーマ 生きるということ 私の風景 禅のことば  コメント(1)

今日の諸法実相・神も仏もない世界 茶の花や臍に力の入らざる玉宗先日の「徹子の部屋」には病から帰還された瀬戸内寂聴氏(尼)が出ていらした。徹子さんが例の如くの正直さで「実はわたくし、いつか先生へお見舞いの電話を差し上げた折に、神も仏もないわなんてお ... » more
テーマ 生きるということ 世相・時事 お寺の風景

今日の妄想・生前葬という生き方 冬安居控へし山のしづけさよ玉宗先日、NHK総合テレビを見ていたら、小椋佳出ていた。若いころに小椋の唄を好んで聞いていた時期もあり、懐かしさに暫く見入っていたのであるが、その発言に些かならず耳を疑い、そして失望し、果てに落胆し ... » more
テーマ 生きるということ 世相・時事 俳句の風景

再生への旅もの思う手、考える足
もの思う手、考える足 もみづるや血脈つひに仄暗く玉宗もの思う秋だという。世に考える葦とは西洋からの受け売りである。我思うゆえに我あり、なんていうものまである。まさか人間であるからにはものを思わねばならないといったような義理が秋にある訳でも ... » more
テーマ 生きるということ 世相・時事 禅のことば

今日の諸悪莫作・究極のご利益?! 生きながらまなこ枯れゆくいぼむしり玉宗「人はなんの為に生まれてきたのか?!」などと今どき、こんな自問自答をする還暦のお坊さんもいないとは思うのであるが、まあ、この歳になって実感させられいる事実は誤魔化しようもないところ。 ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 禅のことば

再生への旅無宗教という束縛
無宗教という束縛 且つ散りて梢さざめく日なりけり玉宗「宗教」とは「人生の拠り所の根本」であるとして話を進める。日本には「無宗教」と自認する人が多いようであるが正確なところいったいどのくらいの割合なのであろう。宗派や教義や教団などに拘らない、或 ... » more
テーマ 生きるということ 世相・時事 お寺の風景

今日の身心脱落・自灯明の人生 この空に生きると決めて林檎売玉宗「みづからを知らむとするは生きるものの定まれるならひなり」初めてこの言葉に接した時、雲水であった私は、それまで迷いぬいてきた人生の歩みが肯定されたとまでは言わないが、曲りなりにも無 ... » more
テーマ 生きるということ 私の風景 禅のことば

 

最終更新日: 2017/03/21 14:30

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