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生きるということ

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テーマ「生きるということ」の記事を新着順に表示しています。(2ページ目)

再生への旅理想と現実
理想と現実 亀鳴くと信じて任を解かれたる玉宗冬季オリンピックも闌で結構なことではある。アジア情勢が先行き不透明の中で、ひとときの祭の賑わいでもあろうか。オリンピックを政治に利用してはならないといったコンセンサスがあるのだろうが、 ... » more
テーマ 生きるということ 世相・時事 お寺の風景

寺報・如月号「休して通ず」 春めくと思へる方に家族あり玉宗「窮すれば通ず」と言われます。その意味は一般的に「事態が行き詰まって困りきると、かえって思いがけない活路が開けてくるものである」というもの。但し、仏法的には「窮すれば」ではなく、「休すれ ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 私の風景

再生への旅萌え出づる大志
萌え出づる大志 沖開け山に菫の咲く故郷玉宗涅槃団子作りも終って、24日の法要を待つばかりとなった。今年は弟子も手伝ってくれたおかげで、体力的にも余裕ができた。まだまだ寒気のぶり返しがあるのだろうが、二月の寒さも峠を越えたかな。 ... » more
テーマ 生きるということ 俳句の可能性 俳句の風景

永福寺涅槃団子作り作務・その2「僧が搗き漁師が捏ねる」 僧が搗き漁師が捏ねる涅槃団子玉宗昨日に続いての涅槃団子作り。先ず、煎餅状にしたものを十二三枚づつ一挙に茹でる。掬いやすいように金網に入れる。湯で時間は練ったときの具合によるが、大体十五分から二十分。 ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 私の風景

永福寺涅槃団子作り作務・その1「米の粉を熱湯で捏ねる」 涅槃図の後ろは鬼の泣くところ玉宗今日、明日と永福寺の涅槃団子を作る。法要は二十四日で、例年は二三日前に作るのだが、都合があっていつもより早目の作業となる。今日はその第一段階。米の粉を熱湯で捏ねて、煎餅状にしておく ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 私の風景

再生への旅「宗」とは何か?!
「宗」とは何か?! 風のみちけふは鳥ゆく木の芽かな玉宗「宗教」とは、一般に、人間の力や自然の力を超えた存在を中心とする観念であり、また、その観念体系にもとづく教義、儀礼、施設、組織などをそなえた社会集団のことである。といった定義がなされてい ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 私の風景

再生への旅仏の子
仏の子 鳥雲に仏弟子山に入りにけり玉宗僧堂ではそろそろ冬安居も解制となる。三か月間に及ぶ冬期間の参籠が終り、解間となる。この間に古参の雲水が山を下りる、そして新しい修行者が上山する。山門まで出てゆく送行者や真新しい網代笠を被 ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 私の風景

再生への旅俳句以前、以後
俳句以前、以後 滔々と白き山より雪解水玉宗「毎年よ彼岸の入りに寒いのは」という正岡子規の俳句がある。確か、母の呟きをそのまま一句にした経緯のある句ではなかったか。これを単なる散文の切れ端、断片にすぎないと見限る人もいるのだろう。俳句 ... » more
テーマ 生きるということ 俳句の可能性 俳句の風景

再生への旅待つということ雑感
待つということ雑感 うすらひのしづかに岸を離れけり玉宗どうも、「待つ」ということが苦手である。せっかちな性格ではあるが、それは人を「待たせる」ことは罪悪であるという強迫観念の裏返しではないのかと自己弁護したくなる。いつの頃からか約束 ... » more
テーマ 生きるということ 俳句の可能性 拝啓、良寛さま

再生への旅春を迎えて
春を迎えて 蕗の芽のここぞとばかり一面に玉宗今日は立春。例年になく比較的寒い寒中ではあったが、お蔭さまで寒行托鉢も無事やり遂げることができた。暦の上とは言いながらも、なんとはなく気分が軽くなる。空の色にも風の色にも、節分を過ぎた ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 私の風景

再生への旅親の写真
親の写真 奈落より雪降り頻る葛湯かな玉宗最近、実の親の顔の記憶が薄れていることに気付き、愕然とした。私の手元には実の両親の写真がない。出家した際に家から持ち出したものの中に父や母を含めた家族の写真といったものは含まれていなかっ ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 私の風景

再生への旅続・ありのままという神話
続・ありのままという神話 田遊びになくてはならぬ男とか玉宗以前にも何度かUPした記事だが、も一度手直しして書いてみた。神話の定義を、<本来は人間の手の届かない神についての話を、あたかも人間の手中にあるかのように語ること>として話を進めようと思 ... » more
テーマ 生きるということ 俳句の可能性 お寺の風景

再生への旅初観音雑感
初観音雑感 鳥が来ぬかと雪見障子を上げにけり玉宗昨日は輪島市光浦地区にある観音堂に於いて初観音のお勤めがあった。海岸沿いの漁師町でもあるこの地区でお護りしてきだ観音様で、その昔前浜に流れ着いた仏さまを代々守り続けて今に至っているとい ... » more
テーマ 生きるということ 托鉢あれこれ 私の風景

再生への旅縁起でもないお坊さん?!
縁起でもないお坊さん?! 僧なればひとり冴えたる鈴鳴らし玉宗托鉢をしていると時々「忌中」の貼り紙を目にする。中陰の家であることを外に告げている訳であるが、「忌にあたる」とはどういう意味か?忌中とは、神道では「穢れである死を忌む期間」という ... » more
テーマ 生きるということ 俳句の風景 お寺の風景

再生への旅格差社会?!
格差社会?! 雪晴や梢の雫も甘からむ玉宗我々は「格差社会」に生きている。「格差社会とは、ある基準をもって人間社会の構成員を階層化した際に、階層間格差が大きく、階層間の遷移が不能もしくは困難である(つまり社会的地位の変化が困難、 ... » more
テーマ 生きるということ 托鉢あれこれ 私の風景  コメント(1)

再生への旅いのちの絆
いのちの絆 冬の浜瀕死の波がうち寄する玉宗私は臍の緒で母と繋がりこの世に出現した。私は一人で放り出されては生きていけない不完全な生き物である。親との絆とは、そのような危なっかしい正真正銘の命綱であった。家族、友人、隣近所 ... » more
テーマ 生きるということ 俳句の風景 私の風景

身もふたもない、一休という生き方 三ガ日風の如くに過ぎにけり玉宗世に喧伝された一休さんの道歌がある。門松は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし自由奔放で、奇行が多かったと言われる一休さん。一日、一年、十年、一生。人は時の節 ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 禅のことば

再生への旅森澄雄といふ生き方
森澄雄といふ生き方 初燈闇を焦がして揺れゐたる玉宗故・俳人森澄雄氏に以下のような言葉がある。「ぼくはいっぺんも、自分が俳人だと思ったことはありません。俳人が俳句を作るのではなくて、素の人間が俳句を作っている、それが大事なんです。俳句 ... » more
テーマ 生きるということ 俳句の可能性 俳句の風景

今年も一年、お付き合い下さってありがとう 年の瀬の方舟に乗り遅れるな玉宗大晦日ですね。今年も一年お立ちより下さって有難うございます。ブログをはじめて十年近くなり、その後、FB、ツイッターに手を染めて今に至っています。正直なところ、コメントのやり取りやアクセス ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 私の風景

おばあちゃんの回峰行、その後 ときどきは母の知恵借り年用意玉宗以前にも何度かUPしたことのある義母であるが、年が明けると九十七歳になろうとしている。足が大分弱くなってしまい部屋に閉じこもることが多くなった。それでも朝晩本堂へ杖を突いて出向き、ご本尊様 ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 私の風景  コメント(2)

ふたたび、出家とは何か?とりとめもなき雑感 一茶忌の日向日陰や臍曲がる玉宗「出家」というひとつの「生き方」がある。「家」を出る。「家」を離れるとは如何なることなのか。一度この世に生まれ出ただけでは気の済まないかのような存在の人間がいる。人は人として生ま ... » more
テーマ 生きるということ 私の風景 禅のことば

わが誓願・人生の宝物を活かす 近道をゆけばほどなく冬の暮玉宗人生における最も大事なもの、尊いもの、宝物とはなんだろう。最もなどと限定するのが間違っているようにも思えるが、すべてが掛け替えのない存在の光りを放っていることは前提の上で、尚且つ忘れ ... » more
テーマ 生きるということ 私の風景 禅のことば

再生への旅良寛と一茶
良寛と一茶 日に解けし雪の雫や青木の実玉宗良寛は一茶より7年早く生まれて6年後に亡くなった。二人はこの世に65年間も一緒に住んでいたことになる。良寛は諸国修行ののち、1795年(寛政7年)、38歳で越後に帰る。翌年から国上五合庵に棲 ... » more
テーマ 生きるということ 俳句の可能性 拝啓、良寛さま

再生への旅仏縁と俳縁
仏縁と俳縁 あかときに雪掻く人の声がして玉宗仏縁と俳縁というものが私の中では分かち難く彩られている。出家するきっかけになったのは俳人・金子兜太先生との出会いがなければあり得なかった。目に見えない縁に誘われての40年。さてもこれを ... » more
テーマ 生きるということ 私の風景 禅のことば

再生への旅生老病死に向き合う
生老病死に向き合う 雪のせて首垂れたる実南天玉宗私は時々、お坊さんとして、隣人として、偶には親族として「死者」と向き合うことがある。「死」に関わる者ではあるが、どちらかと云えばそれは非日常というより偶に訪れる人生の節目という日常であ ... » more
テーマ 生きるということ 私の風景 禅のことば

再生への旅師走のある一日
師走のある一日 見上げたる立往生や枯芭蕉玉宗今年もあと半月になった。昨日は夫人と一緒に金沢まで所用で出かけた。23日には今年最後の恒期法要である永福寺の成道会を控えており、御仏前用のお花やらお供え物等を買い入れ、併せてお歳暮の発送を ... » more
テーマ 生きるということ 世相・時事 お寺の風景

今日の以心伝心・道楽について 冬鳥の零し翔ちたる梢の雪玉宗「道楽」とは、一般的に 自分の生活の中に仕事とは別に熱中できる趣味にふけり、それを楽しむこととされる。俳句に限って言えば、俳句を生活の糧にしているプロ俳人とは数えるほどしかいないのであろう。大 ... » more
テーマ 生きるということ 俳句の可能性 私の風景

再生への旅公然たる秘訣・生きる極意
公然たる秘訣・生きる極意 成道の粥炊きにゆく星の下玉宗十二月八日はお釈迦さまがお悟りを開いた日として伝えられている。難行苦行の末に、菩提樹の下に坐して、明けの明星を仰がれ覚醒された。 「吾と大地有情と同時成道す」跡形もなく ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 禅のことば

再生への旅生きていく力
生きていく力 籔柑子火種の如きあかるさの玉宗板橋禅師様を式師に金沢大乗寺で仏前結婚式を挙げてからが三十数年経つ。12月12日は結婚記念日である。忘れもしない、式が終わって外へ出ると、横殴りの霙交じりの雨模様。雪起しの雷がゴロゴロ鳴 ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 私の風景

再生への旅今日の禅語「担雪填井」
今日の禅語「担雪填井」 白菜の重ね着したる重さとも玉宗担雪填井雪を担って井を填む(ゆきをになってせいをうずむ)という禅語がある。井戸を雪で埋めようとするような無駄なこと、無駄な努力に解するのが一般である。以前記事にした「画餅」と似たよう ... » more
テーマ 生きるということ お寺の風景 禅のことば

 

最終更新日: 2018/06/20 08:08

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